オークの巣への進入

 コテージから続く、足跡を追っていくと。

「クレフ!」

 地面に、一人の男性が横たわっていた。

 シュティーアさんが駆け寄る。

「クレフ! 大丈夫か!」

「……ああ……、シュティーア……。無事だったのか……」

「クレフ……」

 クレフさんの全身は血まみれで、手足があらぬ方向に曲がっていた。オークに襲われたのだろう。

 口からも吐血していた。折れた肋骨が内臓を傷つけているのか。おそらく、もう長くはないだろう。

「クレフ……。ちくしょう、オークの奴!」

 シュティーアさんが悔しそうに涙を流す。

「シュティーア……。ハイスが……さら……われた……」

「何!?」

「……オークに……つれて……いかれたんだ……」

 クレフさんは息も絶え絶えに、必死に喋る。

「……どうか……助けて……やって……」

 がくりと。

 そこで、クレフさんの全身が脱力した。

「クレフ……、クレフ!」

 いくら揺らしても、もう反応はない。

 心臓に耳を当て、しばらくしてから、シュティーアさんは首を振った。

 クレフさんは亡くなった。

「クレフが、殺された……。ハイスも、オークに……。そんな……」

 絶望の表情を浮かべるシュティーアさんの肩を、僕はつかんだ。

「ハイスさんを、助けにいきましょう」

「なんだって……?」

「さらわれたのなら、まだ生きているかもしれない。僕達で、助けに行きましょう」

「無茶だ! さらわれたとしたら、オークの巣に連れていかれたに決まっている。あのオークが群れを成しているんだぞ! どうにかできるわけがない!」

「じゃあハイスさんを見殺しにするんですか」

「そ、それは……」

「オークにさらわれた。はい、そうですかと。諦めることができるんですか。たった一人の妹じゃないんですか」

「……そうだ。妹が、危ない目にあっているかもしれないんだ。放っておくことなんて、できるわけが、ない」

 シュティーアさんは、固く目を閉じ、がたがたと震える身体を押し留めるように歯を食いしばる。

 そして顔を上げた。

「……行こう。ハイスを助けに」

「はい。僕も力になります」

「マコトさん……」

 リートが不安そうにすがりつく。

 僕はそんな彼女の頭を撫でた。

「大丈夫。僕が君を守るよ」

「私のことはいいんです。マコトさんが……」

「僕にはバイオリンがあるからね。問題ないさ」

「……はい」

 リートは不承不承頷いた。

「オークの足跡を追っていこう。巣に辿り着けるはずだ」

 シュティーアさんが言って、クレフさんの亡骸の傍らに座り込んだ。

「……クレフ。戻ってきたら、埋葬してやるからな。少し、待っていてくれ。ハイスを連れて帰ってくる」

 それから、立ち上がって歩き出した。

「行こう」

「シュティーアさん。僕が先頭に立ちます。オークが現れたら、すぐに攻撃できるように」

「わかった。では、俺が最後尾に着こう。リートちゃんは俺たちの間だ」

 リートを前後で挟み込むようにして、僕たちは進む。

 足跡を辿っていくと、次第に足跡が密集してきた。

 この先にオークの群れがいるのだ。

「気をつけて。巣が近いかもしれません」

 それからさらにしばらく歩くと。

「! オークがいます」

 数匹のオークが、森の中をうろうろとしていた。

「待っていてください」

 僕はバイオリンを構える。そして素早く弓を動かした。

 音色が躍動する。

 剣の舞を奏でると同時、見えない刃がオークたちを切り裂いた。

 一瞬でオークらは物言わぬ骸となり、どさりと地面に倒れた。 

「もう大丈夫です。行きましょう」

「本当に、すごい魔法だな……」

 用心しながら、僕たちは進む。

 木々を抜けたところに、洞窟があった。

 その周辺を、オークがうろついている。

 洞窟からの出入りも多く、どうやらそこがオークの巣のようだった。

「あそこみたいですね……」

「数が多いな……。ハイス、どうか無事でいてくれ」

「行きましょう。バイオリンを奏でながら進みます」

 勢いよく弓が弦を震わせる。

 振動が音の波となって拡散していく。

 剣戟が乱舞する。

 鮮血が舞い散り、洞窟周辺のオークが肉塊となって倒れた。

 僕はそのまま洞窟に入っていく。

 聞き慣れぬ音を聞いたためか、洞窟の奥からわらわらとオークが湧いてくる。

 それらはバイオリンの音色に触れた端から、首や身体を両断されて倒れて行った。

「すごい血の臭いだな……。後で綺麗にしないと」

「オークの巣への潜入がこんなに余裕だなんて……。信じられんな。マコト……お前本当に何者なんだ?」

「ただのバイオリニストですよ。アマチュアのね」

「? ばいお……?」

 洞窟の中は入り組んでいる。何度も曲がり角や分かれ道にぶつかり、僕たちは迷走していた。

「どんな構造になっているのか全く分からないな……。ただやみくもに歩くしかないのか」

「とにかく、できるだけ奥に進んでみよう」

 洞窟の角を曲がり、三叉路に出たとき。

 左手の道から、ずしんと重々しい足音がした。

「何か来る。気をつけて」

 左手の道に入り、前方を見据える。

 すると奥から、一匹のオークが進みだしてきた。

 通常のオークではない。普通のオークより、一回り以上は大きい。

 洞窟の屋根に頭をこするようにして、その巨体はゆっくりと歩いてきた。

「大きい……ここのボスかな」

「お、おい、マコト。あんな大きい奴、大丈夫なのか?」

「やってみるしかありませんね」

 バイオリンから音が迸る。

 剣の一撃が、ズバンッ! とオークを袈裟懸けに切り裂いた。

 だが、オークは止まらない。

 片腕を落とされ、上体をぐらつかせながらもなおも歩いてくる。

「一撃では倒れないか……」

 音色は続く。荒々しい舞が咲き乱れる。

 ブシャッ! と血が噴出した。

 巨大なオークは、サイコロ状に寸断され、ばらばらと地に落ちた。

 手も足も首も分断されている。さすがにもう動けまい。

「やったな、マコト!」

 シュティーアさんが首に腕を回してくる。

「通常のオークよりは、さすがに丈夫でしたね。でもグリフォンにすら魔法は有効でしたから……。多分倒せると思ってました」

 僕はバイオリンの構えを下ろす。

「ふう……。ずっと弾きっぱなしで、少し疲れました」

 ボスらしきオークを倒したことで、若干気が緩んだのだろう。

 ――油断、した。

「マコト、危ねえっ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る