オークとの遭遇

「はあ……! おいしかったあ。ご馳走様でした」

「美味しかったね。コーヒーでも飲みながら一休みしようか」

「コーヒー?」

「こういう飲み物だよ」

 バイオリンを弾きながら思い浮かべると、二人分のコーヒーが現れる。

「なんですか……これ、真っ黒。でも香ばしくていい香り……」

「飲んでごらん」

「はい。……う、マコトさん、これちょっと苦いです……」

「あはは。リートにはまだ早すぎたか。それじゃあ、こうするといいよ」

 リートのコーヒーに、ミルクと砂糖を入れてやる。

「これでどうかな」

「はい。……わ、とってもまろやかになりました! 甘くて美味しい……」

 しばし、ティータイムを楽しむ。

「マコトさん」

「ん? リート。どうした?」

「私、オンガクのこと、もっと知りたいです。教えてください」

「音楽のことか……。いいよ。でも、改めて教えるとなると、難しいな……」

 僕はリートに向き直る。

「音楽はね、メロディと、リズムからなる。♪ドレミファソラシドという、音の高さの組み合わせでメロディを作り、音の長さの組み合わせでリズムを作る。単純に言えば、それだけだよ。もっともメロディの作り方には、調――コードっていって、さらに複雑な法則があるけれどね」

「メロディとリズム……。音の高さと長さ……」

「まずはドレミを覚えようか。ちょうどいい歌があるよ。『ドレミの歌』というんだ」

「そのままですね」

「そうだね。だからこそ、参考になる。僕が歌ってみるよ」

 僕はバイオリンを弾きながら、ドレミの歌を歌う。

 サウンドオブミュージックという映画を思い出す。トラップ家の子供達に、家庭教師のマリア先生が歌を教える場面で使われていた曲だ。

 似たようなことをしている自分がほほえましくなる。

「ドーはドーナツのドー、レーはレモンのレー、ミーは――」

「あはは、面白い言葉」

 僕はそのまま一曲を歌い終えた。

「それじゃあ今度は一緒に歌ってみようか」

「はい!」

 驚いたことに、リートはほとんどつかえることなく、僕と一緒に一曲を歌い終えた。

「驚いた。リート、もう覚えたのかい? 君は記憶力がいいんだね」

「いいえ、私、全然。普段はそんなことないんですけど……」

「じゃあきっと君には音楽の才能があるんだよ。今度は一人で歌ってごらん」

「はい」

 そしてリートの歌が流れる。

 透き通った水晶のように透明な歌声。

 小鳥のさえずりのように可愛らしく。

 清流のせせらぎのようにうららか。

 僕はそれに聞きほれた。

「ソードーラーシードーレードー♪」

 リートが歌い終え、僕は惜しみない拍手を贈る。

「うん、完璧だね。素晴らしかったよ」

「えへへ……。ありがとうございます!」

「これでドレミは覚えられたんじゃないかな。それが分かると、音楽のこともだいぶ分かってくると思う」

「はい! 今度はマコトさんの音楽を聴きたいです」

「僕の音楽? そうだなあ、何にしようか……」

 バイオリンを構えながら、僕は思案する。

「そうだ。あれにしよう」

 そして流れる旋律。

 穏やかで優しい音の波。

 ほのぼのとする愛情溢れるメロディ。

「エドワード・エルガー――『愛の挨拶』」

「愛の挨拶……ですか」

「リート、君に出会えた事を記念して。君への親愛の挨拶として、この曲を贈るよ」

 演奏は続き、リートは幸せそうに目を閉じて、その響きに聞き入っていた。

 僕も久し振りに穏やかな気持ちでバイオリンを弾くことができた。

「……終わったよ」

 一曲を弾き終えたとき、リートからの反応がなかった。

「リート?」 

 見れば、すやすやと寝息を立てている。どうやら音楽を聴いているうちに、眠ってしまったらしい。

「そうか、もう夜だものな。今日は色々あったし……。疲れていても仕方がない」

 僕はリートをそっと抱き上げる。

 細いリートの身体は羽のように軽かった。

 そのまま、リートの部屋のベットへと運ぶ。

 少女をベットへ横たえ、布団をかけてあげてから、僕はその部屋をでた。

「おやすみ、リート」

 ぱたん、と扉を閉じる。

 僕も自分の部屋に入ると、ベットにもぐり、眠りにつくことにした。


 ドンドンドン!

 ドンドンドン!

「……ん。……なんだ?」

 翌朝、なにやら激しい物音がして、僕は眼を覚ます。

 ドンドンドン!

 どうやら、何者かが玄関を激しく叩いているようだ。

「魔物か……? いや、でも、魔物がノックなんかするか……?」

 いぶかしみながら、とにかく一階へと降りてみる。

 玄関に近づくと、外から声が聞こえた。

 何かに焦っているような、切迫した声だ。

「おい! 誰かいるのか!? ここを開けてくれ!」

「……驚いた。人の声だ。僕たち以外にも人がいるのか?」

 急いでドアを開けると、

「わっ!」

 ドアを叩いていた人物が、勢い余ってころがりこんできた。

 玄関にすっころぶ。

「大丈夫ですか?」

 見れば、入ってきたのは、ひげをぼうぼうに生やした年齢不詳のおじさんだった。

「は……早くドアを閉めるんだ!」

 言いながら、バタン! と手荒にドアを閉める。

 そうして玄関にへたりこんだ。

「一体何があったんですか? ……あなたは誰です?」

「魔物だよ。オークがでたんだ! すぐ近くにいる。必死で逃げてきて……そうしたら、こんなところに家があったから」

 そういうと、男性はきょとんとした顔で僕を見た。

「そういや……なんでこんなところに家があるんだ? あんた、なんでこんなところに住んでいる?」

「話せば長くなるんですよ。それより、あなたこそ。どうして『外』にいるんですか?」

「どうしてって……。俺は昔っからここで暮らしている。魔物はでるが、何とか暮らしていっている奴が少ないがいるんだ。『外』って言うってことは……、あんた、『丘』の人間か?」

「昨日までは『丘』にいました。『丘』から追放されてここにきたんです」

「追放ってなんでまたそんなことに……。それにこの家は……?」

 目をしろくろさせる男性だったが、

「グギャア!」

 外から獰猛な鳴き声が聞こえてくると、ひいっと悲鳴を上げてうずくまった。

「あ、ああ……追ってきやがった。オークだ! オークの声だ!」

「オーク、か……」

 僕は窓から外をのぞいてみる。

 木々の中から現れたのは、二メートルに届こうかという巨体だった。

 筋骨隆々としたその肉体。手には棍棒をもっている。

 目はぎらぎらと光り、いかにも凶暴そうだ。

「近付いてくる前に手を打ったほうがいいな」

 僕は何気なくがちゃりとドアを開ける。

「あ、あんた! 何してるんだ!」

 男性が仰天する。それに、さらりと言葉を返す。

「何って、オークを倒しにいくんですよ」

「な……何をいってるんだ! 人間に太刀打ちできる存在じゃねえ! 早く隠れるんだ!」

「大丈夫です。いってきます」

 僕は外にでる。

 オークがこちらに気付き、ぎろりと顔を向けた。

「グオオオッ!」

 一声ほえ、僕の方に歩みを進めてきた。

 僕はバイオリンを奏でる。

「剣の舞」

 ザンッ! と。

 オークの首が一瞬で斬り飛ばされた。

 どさっと地面に首がころがる。一拍遅れて、オークの巨体がずうんと地に倒れこんだ。

 それきりぴくりとも動かない。

 僕は家の中に戻った。

 玄関先で、男性がぽかんと口を開けて見ている。

「倒せましたよ」

「な……なんだ。あんた今、何をしたんだ」

「何って、魔法ですよ」

「魔法? だ……だが、あんたは今何の呪文も詠唱していなかったぞ。それに、オークを一撃で倒すほど強力な魔法なんざ……」

「呪文のかわりに音楽を奏でたんです。このバイオリンを使ってね」

「?? 何を言っているのかさっぱりわからん」

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