魔法談義
「そういえば、この世界の魔法は、言葉で操るんだね。水は流れろ・止まれだし、火は燃えろ・消えろ。ライトなんかも、点け・消えろって言ってた」
「ええ、そうですね。……ああ、そういえば」
ぽん、とリートが手を打って、ごそごそと鞄から何か取り出した。
「魔石?」
それは家の各所に埋まっている魔石と同じものに見えた。
「はい。これは外で拾ったものなのですが……、この前、私、面白い発見をしたんです」
「なに?」
「はい。普通ですと、燃えろ。……と、火はこのくらいになりますよね」
「うん。料理するときにちょうどいいくらいの火だね」
「でも、こうすると――」
リートは魔石から離れると、
「燃ーえーろー」
と、音階をつけて歌った。ドーレーミーの音だ。
すると。
ゴオッ!
「うわっ!?」
高さ三十センチくらいの火炎が噴きあがり、仰天した。
「消えろ!」
リートも慌てて消す。
「い、今の……何?」
「これが、私の、発見です。どうも、声に波をつけて呪文を唱えると、効果が増強されるみたいで」
「みたいで……って、それ、すごい発見じゃないの?」
「かも……しれません。私以外にこんなことしてる人いないと思うから、まだみつかっていない効果だと思います」
「やっぱり!」
「でも、役に立たないですよね、これ。こんな火が出たら、家事になっちゃいますし」
「あ、そうか……」
「それに、声に波をつける人なんていないから、発表しても意味ないと思います」
「うーん……」
納得して黙ってしまった。
「それと、もう一個あるんです。発見」
「まだあるの?」
「はい。今度は……えっとしっかり集中して……」
リートは一度目を閉じ、そして開くと、
「ららら」
といった。
ボッと、それでも火は着いた。料理をするのにちょうどよい火力で。
「えっ? どういうこと?」
思わず目が点になる。
「どうも、言葉自体はそれほど意味がないようなんです。それよりも、言葉の持つイメージに反応してるみたいで。今の場合、私は燃えろと強く念じて「ららら」と言いました。そうすれば、音でさえあればなんでも、イメージを発現してくれる」
「はー、そういうことか……」
「ですからね、思ったんです」
リートは指を二本立てる。
「魔法は、音の「イメージ」と、「情報量」の二つに依存しているんじゃないかって」
「イメージと、情報量……」
「声に波をつけたときに、火力が増えましたよね。あれは、波の分、情報量が増えたからじゃないでしょうか」
「……なるほどね」
「突拍子もないって思われますか?」
「いや、一理あるよ。理にかなっていると思う。リートは頭がいいね」
「えへへ」
リートは嬉しそうに笑った。
「じゃあ……そうだね。もう一つ試してみようか。僕も興味が出てきて、実験したくなった」
「もう一つ? ……他に何をするんですか?」
「君たちなら思いつかない方法だよ。――和音というのをやってみよう」
「ワオン?」
「ああ。君が音の波と呼んでいるもの――音の高い低いを並べたものを、音階という。その音階の中で、決まった音の並びは、同時に発声したときに高い親和性を示すんだ」
「親和性?」
「つまり、聴いていて心地いいってこと」
「音を、同時に出す……」
「しかも、違う音を、だよ。ちょっと難しいから、練習しよう。君はドの音だ。ドー。ドー。……覚えたかい?」
「ドー。はい、覚えました」
「よし。じゃあ僕はミの音だ。ミー。もう一度ドの音を出して」
「ドー」
「よし、いいぞ。じゃあ一緒に出してみよう。今の音を忘れないで。いくよ。せーの!」
「ドー」
「ミー」
「……うわあ! なんだかぽわあってなりました! 音が響きあってる感じ!」
リートは両手を頬にあて、きゃあきゃあとはしゃいでいる。初めての和音が衝撃だったのだろう。
「これが和音だ。といっても、初歩の初歩だけどね。今度はこれで、燃えろをやってみよう」
「私がドの音?」
「そうだ。飲み込みが早いな。僕がミの音で燃えろと言う。それじゃいくぞ。せーの」
「燃えろー」
「燃えろー」
ボワアッ!
「きゃあ!」
「うわあ!」
今度は一メートルくらい火柱が噴きあがった。
「消えろ!」
二人とも慌てて消し止める。
それから、顔を見合わせて吹き出した。
「あははっ! すごい! ワオン、すごい!」
「すごい威力だったなー! 離れてないと危なかったぞ」
「でも、これでやっぱり、情報量の多さが威力を決める、っていうのは、合ってるみたいですね。複数の音を使ったときより、さらにそれを組み合わせたときの方が威力が強かった」
「そうみたいだね。でもこれは、すごい発見だよ。今まで思いもつかなかった魔法の使い方が、これでできるんじゃないかな」
「でも、みんなには言えませんね。また変な奴だって思われちゃう」
「ああ……そうだな。全く、音楽が存在しないなんて、変な世界だよ」
「マコトさんは、ウタが好きですか?」
「え?」
率直に聞かれた質問に、言葉がつまる。
「私のウタのこと……すごくほめてくれるから、マコトさんは、ウタが好きなのかなって」
「どうだろう……」
いろんな記憶がフラッシュバックし、マコトに回答をためらわせる。
「前世では……前にいた世界では、ウタは、音楽は、強引にやらされるものだったから……純粋に好きとは、言えなかったんじゃないかな」
「そうですか……」
「でも、今は好きだよ」
リートに向き直る。
「歌が好きというより、君の歌が好きだ。君が特別なんだ」
「マコトさん……」
リートは頬を赤らめる。
「マコトさんは、もう少し言葉を選んだほうがいいと思います」
「どうして? 素直に言ってるだけだ」
「素直過ぎるのが問題だって言ってるんです!」
「?」
「はあ、もう……。歌よ、歌が好きだって言ってるだけなんだから、勘違いしないで」
リートはなにやらぶつぶつ言っていた。
「あ、いけない。もうこんな時間。あんまり遅くなると、おばさまに叱られます。名残惜しいけど、そろそろ帰りましょう」
「もうか、早いね」
「楽しい時間はあっという間ですね」
「リートも楽しいと思ってくれていて嬉しいよ」
「はい。この時間があれば、毎日頑張れます」
僕たちは町へ帰った。
「マコトさん、今日はうちへ来ないんですか?」
「うん。リートのそばにはいたいけど、もうこれ以上君の家にお世話になることは我慢できないんだ。あのおばさんに、恩を借りたくない。どこか別の場所を見つけることにするよ」
「それじゃあ、ちょっと安めの宿屋を探すといいと思います。『外』の人なら、無料で泊めてくれますよ」
「いつまでもそんな方便を使っているのも心苦しいけどね……」
「この世界ではない外の世界から来た人なんだから、間違ってはいないと思いますけど?」
あっけらかんと言うリートに吹き出した。
「はは。物は言いようか」
「そうです。そのうち働き先を見つけてお金を稼げばいいんですから、今だけですよ。そうしないと路頭に迷っちゃうんだから、使えるものは使いましょう」
「ありがとう。お言葉に甘えることにするよ」
「それじゃあ、宿屋の場所ですけど、大通りを行って、噴水の広場に出たら、右に少し行ったところに「青葉亭」って建物があります。そこなら女将さんも優しいし、そこそこの規模だからおすすめですよ」
「ありがとう。そこに行ってみる」
「それじゃあ。また明日会いましょう。あ、よかったら、ですけど」
「うん、また明日会おう。いつもの場所で」
「はい」
リートはにっこり笑って、家の方に歩いていった。
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