第7話「日常」
森に入ると麓を目指すが、道中に俺が薙ぎ倒した木々が見当たらないことに気が付いた。
まさかこれも雪亀の仕業なのだろうか。
そんな事を考えていると突然木々の隙間から青白い光がぽつりぽつりと浮かび上がってくる。
「はっ…こりゃ壮観だ」
青白い光の正体は大量の雪亀だった。
それは森中に出現したかと思うとまるで山の麓まで俺を導くかの様に雪亀達による一本道が用意される。
「…ありがとよ、お前等も達者でな」
悪くない気分だ、花道ならぬ亀道を歩いていると今度は何処からか妙な音が聞こえてきた。
まさか俺にも雪亀の声が聞こえるようになったのかと思ったが、その音を発しているのは見た事のない別の何かだった。
「んっふんふ~、ん~ふ~ふ~。んふんふん~ふ~ふ~♪」
周囲を見渡すと俺の腰程の高さで浮かぶ雪亀の下にはぞろぞろと見た事のないキノコのような生き物が並んでいた。
ぱっと見は表面がぬめっている茶色いキノコのようだが、よくよく見ると短い手足が生えておりどうにもやる気のない面をしている。
しかし不思議と憎めない愛嬌のあるキノコ共は気の抜けるような何とも言えない声色で何か歌っているようだった。
…どうやらこの森には雪亀だけではなく様々な妖精が住み着いているらしい。
何も知らない人間が突然こんなのに囲まれでもしたら発狂しかねない、まさに狂気の森と言えよう。
ぬめったキノコのような妖精は頭を揺らしながら楽しそうに合唱しており、よくよく聞くとそのメロディはナロー村の何処かで流れていたクリスマスソングだった。
まさか見知らぬこいつ等にまで見送られるとは予想だにしていなかったが、こんな俺でも誰かの、何かの役に立てたのだと改めて実感し少しばかり嬉しくなった。
まるで森全体に見送られているようで、それはさながらメルヘン世界に迷い込んだような気分だ。
妖精達に導かれ森を抜けると山の麓では雪が降り始めていた。
振り返ると雪亀とキノコが総出で短い手を振り見送ってくれている。
その光景に思わず笑みが零れ、柄ではないがつい手を振り返した。
またいつか…ナロー村に訪れてみよう。
気を引き締めると俺は雲より高くに位置する山頂目指して一気に走り出した。
ナロー村での依頼から数ヶ月後、自宅でくつろいでるところに突然サラが飛び込んできた。
「…ノックぐらいしろよ」
「依頼よ依頼、それも緊急の」
そう言って俺の元へ駆け寄るとテーブルの上に腰掛け、際どいスカートのスリットからすらっと伸びた生足が目の前に晒される。
この街はナロー村の様に雪が降らないとは言え大分冷え込んでいる。
生足を前に興奮よりも寒くないのかという疑問が沸き上がった。
「…今日は赤か、気合入ってるな」
「依頼が終わったら中身も見せてあげるからとりあえず真面目に話を聞いて」
どうやら切羽詰まっている様子の為、茶化すのをやめて真面目に聞いてやる。
「大富豪の家宝が強奪されたわ、犯人は最近噂になってる強盗団ヘルハウンド」
そういえばそんな名前の強盗団がいたような気がする。
確か金持ちの家にばかり押し入り、住民を皆殺しにした後金品は根こそぎ奪っていくという滅茶苦茶な連中だ。
しかしヘルハウンドという名前を聞いて俺が真っ先に思い出したのはナロー村での出来事だった。
「で…そいつ等から家宝を奪い返して皆殺しにしろと?」
「報酬はその家宝から支払われる…相当な金額よ」
「この前の依頼で貯金は大分あるんだがな…」
「この依頼には私の面子も関わってるの、個人的な報酬を上乗せするわ」
そう言ってレザージャケットの胸元を開き豊満な谷間を寄せてくる。
体で払う…そういう事らしい。
だがまぁ確かに最近ご無沙汰だったしたまには朝まで盛った犬のようにやるのも悪くない。
気が抜けていまいち仕事をする気分ではなかったが、サラには何かと世話にもなっている為、俺はその依頼を引き受けてやる事にした。
「ヘルハウンドの連中は恐らく一度アジトに戻るはずよ」
「そこを叩けば良い訳だな」
アジトの場所を聞き出すと愛剣を担ぎ、早速出発しようと扉を開く。
すると丁度そこには荷物を持った配達人がいた。
「あ、レヒトさん…ですよね?」
「何か用か?」
「これレヒトさん宛ての荷物です」
言われて受け取るが俺に配達物が届けられるなんて珍しい。
その様子を見てサラも興味深そうに後ろから覗き込んでくる。
「誰から?」
「さぁな」
「ちょっと…大丈夫なの? いきなり爆発なんてしないでしょうね」
言われて少しその可能性を考える。
こんな仕事をやっていれば当然恨みも多く買っている。
だからと言って俺に手を出せばどうなるか…そんな事は殆どの連中が知っているはずだ。
封を開けるのが一瞬躊躇われたが考えていても仕方ない為、その場で無造作に包みを剥がす。
だが中から出てきたのは危険物でも何でもなく、黒いマフラーと一通の手紙だった。
二つ折りの手紙を開き目を通すと思わず俺は笑みが零れてしまう。
「え、何どうしたのいきなり…気持ち悪い…」
「いや…何でもない」
手紙を丁寧にポケットへ仕舞うと早速マフラーを首に巻く。
所々ほつれていたりして、決して見栄えの良いマフラーではなかったが温かみを感じた。
「何それ、巻いていくの?」
「逆にお前はその格好で寒くないのか」
「寒いわよ、でもファッションていうのは…」
面倒臭い話が始まりそうだったので無視して家から飛び出す。
後ろでサラが何か文句を言っているがそれを遮るようにして扉を閉めると一目散に走り出した。
ヘルハウンドのアジトへ向かいながらも手紙の内容を思い返すと笑みが止まらない。
幸いマフラーのお陰で口元が隠れている為周囲に気付かれる事はないが、我ながら何故こんなにも嬉しく感じるのか疑問だ。
走りながらもう一度手紙を取り出し目を通してみる。
『黒いサンタクロースさんへ
プレゼントありがとうございます、本当に、本当に嬉しいです!
最高のクリスマスをありがとう! だからサンタさんに私からもプレゼントです。
下手だけど、マスターに教えてもらって頑張って作りました、使ってくれると嬉しいです!
風邪をひかないように気をつけてくださいね。
遅くなっちゃったけど、メリークリスマス!
またいつか会える日を楽しみにしてます。
ライナより』
再び手紙を仕舞い込むと一陣の冷たい風が吹き付けてきたが、マフラーのおかげか寒さは感じない。
こんなガキの手紙とプレゼントでこんなにテンションが上がるというはどうにも恥ずかしいものの、この嬉しい気持ちは誤魔化しようがない。
これがクリスマスプレゼントの力なのだろうか。
そう考えるとバルバロッサやマスターがあそこまでプレゼントに拘っていた理由も分かった気がする。
サンタクロースなんて架空のジジイの気持ちも少しばかり分かったような気がした。
クリスマス…思ったより悪くないイベントだ。
「来年はサプライズで行ってみても…いいかもしれないな」
柄じゃないのは分かっているがどうにもテンションが上がったまま降りてこない。
徐々にギアが上がり、やがて人の目では追えない速さでいくつもの街を越えていくとあっという間にサラから聞いたヘルハウンドのアジトへ辿り着いた。
連中のアジトとはベースキャンプのようで、何十人もの武装した団員が周囲を警戒している。
普段ならまずは様子見をするところだが、どうにも抑えが効かない俺は離れた場所から思い切り跳躍すると考え無しにそのまま敵陣のど真ん中に降り立った。
突然現れた侵入者に誰もが一瞬怯む。
「だ、誰だお前…!」
無言のまま剣を抜くと一瞬で男の首を跳ね飛ばす。
体をビクンビクンと痙攣させながらも立ったままの男の首元から夥しい量の血が溢れ出し顔面に降り注いだ。
「何だ、知らないのか? 真っ赤なサンタクロースだよ」
血を浴びながらニヤリと笑うと周囲一帯に男達の怒号が響き渡り、キャンプにいる団員が一斉に襲い掛かってきた。
良い子の所には優しいサンタクロースがプレゼントを運んでくる。
しかし悪い子の所には…殺し屋サンタクロースが死を運んでくる。
「アンハッピークリスマス」
数分後、ベースキャンプは真っ赤な鮮血に染まった。
殺し屋のクリスマス 完
Whim of God ~メリークリスマス~ 山岡壱成 @naoto_k
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