第2話
「まずいっ」
瀧川組の男が突然焦りだした。近づいてくる、パトカーのサイレンが聞こえたからだ。
「うろたえるんじゃねえよ…まだヤツらに見つかったわけじゃねえ」
「けどよ…」
瀧川組の男が言わんとする事は分かる。サイレンの音から察するに、パトカーの数は一台や二台ではない。ただの警らではない事は明白だった。それにしても、瀧川組の男は見かけによらず気が小さいようだ。
「…取引は延期だ」
東山が呟くように言う。そして、俺を見た。
「お前には俺たちの顔を見られたからな…一緒に来てもらおう」
俺は思わず首を縦に振った。東山の声には、有無を言わさぬ気迫があった。
「よし」
東山は大きく指笛を吹いた。その音に合わせて、どこに隠れていたのか、いかにもヤクザな服装をした男たちが三人、駆けつける。
「こいつを連れていけ」
俺は三人のゴツい男に腕を掴まれたまま、黒塗りのベンツに乗り込んだ。両脇に一人ずつ男が座り、俺の退路を塞ぐ。もう一人の男は助手席に座り、東山がハンドルを握った。
「お前の名前を聞いてなかったな」
東山はバックミラー越しに、俺を見ながら言った。
「太宰透」
俺が名前を名乗ると、バックミラーに映る東山の目は少し動揺したように見えた。
東山の運転する車は、一軒のアパートの前で停止した。アパートの玄関には小さな石が置いてあり、白永荘と彫られている。
「俺を組長のところに連れて行くんじゃなかったのか」
再び男に腕を掴まれながら車を降りた俺は、東山にそう尋ねた。このアパートはヤクザの事務所には見えなかったからだ。
「もともとお前のようなネズミを組長のところに連れて行くつもりはなかった。そして…」
東山は歩みを止める。そして俺の方を振り返る。そして、手で拳銃の形を作り、それを俺に向けた。
「殺す気も失せた」
東山ははじめて俺に笑顔を見せた。そして、ゆっくりと腕を下ろした。
「でも、なんでなんだ?」
白永荘の二〇二号室。六畳の和室で俺は正座をしている。東山は胡座を掻いて、新聞を読んでいた。
「何が」
東山は俺のほうを向きもしない。第一面の何かの記事を真剣に読んでいた。
「俺を殺さない理由」
東山は答えない。
「なんで俺を殺さないんだ?」
俺はさっきより大きな声で、質問を繰り返した。東山は面倒くさそうな声で、
「別に」と答える。俺は頭を掻いた。
「じゃあ、なんで俺をここに連れてきた?」
「君を野放しにするわけにはいかないからだ」
東山は新聞から顔を上げて答えた。俺はその目を見つめる。彼は、何かを俺に隠している。
「取引の現場を見られたからか?なら俺を殺せばいい」
「そういうわけにはいかない」
「だからなぜ」
俺は東山と睨み合うように質問を続ける。東山は眉を吊り上げた。
「お前は殺されたいのか」
俺はしばらく考える。窓の外、向かい側の建物は点々と明かりがついて、俺の知らない文字のようなものを描いている。
「殺されたくはない」
俺はその中の、明かりのついていない暗い一室をぼんやりと見つめた。恥ずかしい話だが、俺は暗所恐怖症だ。暗闇が恐い。そしてそれと同じように、死を恐れている。
「なら黙っていろ。俺は今新聞を読んでいるんだ」
東山の声には、相変わらず相手を無条件に従わせるような迫力があった。
ダッサい服の麻薬取引 戸隠 洸 @NaganoSouhei
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