燃え上がる草の祈り

@kuroko

燃え上がる草の祈り

狼煙をあげる干し草のくべられた炎からは、太陽と土と羊たちの排泄物のにおいがした。

白い煙とともにそれらの大地のにおいは、天空の高く青く抜けた空虚へと立ち上っていく。

かつてこの土の上で、人として生き、羊を食べ、戦い死んでいった英雄たちの霊魂からなる星辰を、神秘によって永久にやしなう天の草原。

心に火をともしたまえ、と僕は天空の英雄たちに祈る。太陽と土と羊たちのにおいに満ちた地上の草原は、明日には赤く燃え上がることだろう。軍馬の蹄の音が、すぐそこに迫っているのだ。

すでに羊たちは女子供と一緒に高原に移された。地平線までつづく平原には、今は僕と、僕のラバのちいさな影しかない。僕のラバは、腹をすかしているはずなのに、この地の草をはもうとはしない。今年はもういかなる生き物も、二度とこの生い茂った草で腹をくちくすることはない。それが直に赤く塗れる運命にあることを、彼らは勘づいている。

この草原はまるごと、英雄たちの暮らす聖なる天空に捧げられようとする供物であり、小さなラバが食い荒らして良いものではない。僕も、近くに流れる小川の水を飲むことはない。たとえ涙も出ないほどに体の中が涸れているとしても。

直に、この苦しみも終わる。

この狼煙が絶えるころ、馬の蹄の音が響いてくる。戦いの始まりを告げるための奴隷である僕の目の前で、白銀の刃がひらめく。そのあと、小さく軽い僕の魂は、狼煙の最後の一条にのって天空に上ることができ、英雄たちの回りを飛び回る鷹になる。どうか英雄たち、僕に最後まで見届ける勇気を。

草原を赤く濡らす初めの一滴は僕の血であり、それが細長い草のおもてに祝福の雨粒のように跳ね踊った時、大地の上には戦いの銅鑼の音がひびくのだ。

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