第11話

 渾身の力を振り絞るも、ヴィクの体は離れてくれない。

「良い子だね。じっとしておいで。すぐに何にも考えられなくなるからさ……」

 あごをつかまれ、無理やり正面を向かされる。

 ヴィクの唇があと数ミリのところまで近づいてくる。

「嫌だ、ヴィク、嫌――……」

「ふふ、何? もっと?」

 これ以上、暴れれば、キスしてしまう。そう身構えてしまい、思うように動けない。

 悔しい。

 簡単に騙されて、簡単に組み敷かれて、ろくに抵抗もできないでいる。

 まるで、女みたいに。

「ガッティーノ……」

 ヴィクの吐息が、唇にかかる。腰がビクンッと震えた。

 賀藤は強く目を閉じる。

 その時――リンリンッと鈴の音のような音が聞こえた。

「お客様、ルームサービスをお持ちいたしました」 

「……チッ、なんてタイミングで」

 舌打ちして、ヴィクが離れていく。

 そして、ドアに向かうと思いきや、突然こちらを振り返った。

「――ガッティーノ」

「な、何だ……」

「持ってて」

 ポケットからヴィクが、小型の何かを放り投げる。

 慌てて受け取ると、それは銃だった。

「! おい、ヴィク、これ」

「シッ! 静かに」

 人差指で、静寂を指示すると、ヴィクはさっきとは打って変わって、険しい顔で小銃を握りしめる。

 賀藤は手の中の銃を持ち直した。見た目より固く、そして重い。

 ヴィクはドアのそばまで近寄った。壁に耳を当て、部屋の外の音を確認しながら、声を出す。

「ちょっと。僕はルームサービスなんて頼んでないはずだけど」

「支配人からお持ちするように言われました。ワインをサービスさせていただきます、とのことです」

「そう、気を利かせてくれたわけね」

 うなずきながら、ヴィクの表情は硬い。

 ヴィクは賀藤を見ると、無言で寝室側に寄れと指示する。

 ハッとして、賀藤はドアから死角になる位置まで飛びのいた。

 それを確認して、ヴィクはドアを開ける。

 ボーイの格好をした若い男が、ワゴンを押しながら入ってきた。

「失礼しま――」

 ボンッ、と鈍い音がする。

 銃の音だ。サイレンサーでもつけていたのだろう。

 横からヴィクに撃たれた男は、こめかみから血しぶきを上げて、倒れた。

「ヴィク! お前っ」

「伏せてて、ガッティーノ!」

 ヴィクが叫ぶ。それと同時に、ワゴンの下からもう一人、男が飛び出した。

「死ねっ、ヴィットーリオ!」

 男が銃を構える。だが、その前にヴィクがワゴンにかかっていた白いシーツを男に投げつける。

 視界をふさがれた男は、あさっての方向に発砲する。

 そこへ、ヴィクがシーツ越しに男を撃つ。ボン、ボン、ボンッと鈍い音と共に、スーツが真っ赤に染まった。

「ガッティーノ! 行くよ!」

「え――あ」

「ぼさっとしない! 死にたくなかったらとっとと走る!」

 強引にヴィクが賀藤の腕を引く。

 確かに、ここでぼうっとしていたら殺されてしまうだろう。賀藤は、いろいろな疑問を飲み込んで、ヴィクの指示に従った。

「わかった。どう逃げる」

 ホテルのロビーを走りながら、賀藤が問いかける。

 ヴィクが渋い顔をして、尋ね返した。

「……ガッティーノ。人を殺した経験は?」

「あるわけない。銃を持ったのだって、これが初めてだ」

「Si、なら撃とうとしないで。どうせ当たらない」

「わかった」

「僕が先導する。絶対に僕から離れないで」

「OK」

「あとは――死なないで」

「……難しい注文だな」

「簡単だよ。このヴィットーリオ・ジャンニーニがみすみす守り損ねるわけないでしょ」

 ヴィクがウィンクする。この状況でずいぶんと余裕なことだ。

 賀藤は、緊張しながら、スッと息を吐く。

「その言葉、今回だけは信じるぞ.。もう一度裏切ったら、ぶっ殺してやる」

「上等!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨の日にマフィアを拾ったら 福北太郎 @hitodeislove

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ