第10話
「……やっぱりダメだ!」
賀藤は、自由になる左手で、ヴィクの口を覆った。
明白な拒絶に、ヴィクも不満そうに眉をひそめる。
(わかってる。ここで寸止めがどのくらい鬼の所行か、男同士だからわかる……! けど、仕方ないだろう!)
「そんな目で睨むな、ヴィク。オレだって、突然のことで、わけがわからないんだ……」
まさか男に迫られるなんて、微塵も考えたことがなかったのだ。
「もぐがひらい?」
口を塞いでいるせいで、ビクの声がこごもる。
手を離してやると、ビクはもう一度繰り返した。
「僕が嫌い?」
「そういうわけじゃ――」
「なら、良いでしょ? ガッティーノ、男と寝たことないんだろうし。試してみれば、意外にイケるかもしれないよ」
「ヴィク」
賀藤はの肩を引き剥がす。
「ヴィク、ダメだ」
「……si、わかったよ」
わずかな逡巡の末、ビクは身を引いた。
「今はガマンする」
「ありがとう」
「ガッティーノがお礼を言う事じゃないよ」
ヴィクが苦笑して肩をすくめる。
「それに、早速ガッティーノを危険に晒してしまったんだ。謝るのは僕の方だよ」
「いや、お前の忠告を無視したオレも悪かった」
「じゃあ、ファミリーに入ってくれる?」
「それとこれとは話が別だ」
えー、とヴィクが口を尖らせる。
「けど、ずっとは待てないよ。レンタカーまで用意してくる連中だ。もうすでにガッティーノは狙われていると考えた方が良い」
「……レンタカー?」
「うん。いずれにしても、ガッティーノの身が危なくなる前に――」
「どうしてお前は、あれがレンタカーだと知っているんだ」
その時、ヴィクの表情が笑顔のまま固まる。
賀藤はその時、自分のミスを自覚した。
ヴィクのリアクションは、嘘をついている者のそれだったから。
一瞬の沈黙の後、ヴィクはより笑みを深めて、賀藤に釈明する。
「――ナンバーだよ。日本じゃ確か、わナンバーは、レンタカーなんでしょ?」
「あの車は、ナンバーを隠していた」
「…………」
「荒事に使う車は、普通盗難車を連想するだろう。けど、お前はレンタカーだと断言した。それは、お前がやつらとグルだから……だ」
ヴィクの目から優しさが消え、同時に獲物を狩るような鋭さが宿る。
賀藤は一歩、後ろに下がろうとする。だが窓ガラスが、賀藤にそれ以上遠ざかることを許さなかった。
「……あーあ。ばれちゃったか」
「お前――っ!」
「うまく行くと思ったんだけどなあ。ガッティーノも、結構気に入ってたでしょ? ピンチに駆けつけてくれる、白馬の王子様プラン」
「ヴィク!」
全身から冷や汗が吹き出す。
ヴィクの細身に見える体からは、信じられないほどの強さで手首を握られた。
「あなたがもう少し、おバカさんならよかったのにね、ガッティーノ。そうしたら今頃は、女のように僕の腕の中で喜んでいただろうに」
「離、せ――この!」
「抵抗されるのも悪くないけどさ、大人しくしてないと……ちょっと、さ」
ヴィクは賀藤の腕を強く引き寄せ、そのうなじに噛みつく。
「痛――ッ」
「興奮して、壊しちゃうかもしれないよ?」
「抜かせ! お前人を何だと思ってんだ!」
「別に? そうだなあ。強いて言えば、あなたが女だったら良かったのにと思ってるよ。どんな気の強い女だって、一発ヤればだいたい大人しくなるからね」
「……死ねっ!」
ヴィクを蹴り飛ばそうと、賀藤は右膝を前方へ叩き込む。
だがゼロ距離からの攻撃は、ヴィクに簡単に流されてしまった。その隙に、ヴィクが両膝の間に足をねじ込んで、膝頭で賀藤の股間をなぶっていく。
「んぐ……っ!」
「まあ、男でも同じかな。どうせ後ろは処女でしょ? 一度女になったら、もう僕にそんな態度取れないよね」
陰部を下からぐりぐりと突き上げられ、身体が少しずつ反応を示していくのに対して、賀藤の心は一気に冷え込んでいく。
(最低だ。一瞬でも、こんなやつを信じようとしたオレがバカだった)
いったい自分が何をしたって言うんだ。
命の恩人に対して、あんまりな仕打ちじゃないか。
こんな相手に、こんな理不尽なやり方で犯されるほどのことを、何かしたとでも言うのか。
「う、ぁ……やめろ……っ!」
「ハハ、固くなってきてるよ、ガッティーノ。男の足で感じるの?」
嘲笑するヴィクの言葉に、涙がにじむ。
「まあ、犬に噛まれたと思って諦めるんだね。大丈夫大丈夫。力を抜いてれば、すぐに気持ちよくなるからさ」
「ふざけるな! こんな、クソッ……離せよ!」
「ああ、泣いちゃって。可愛い」
目端にたまった涙を、ヴィクに舐め取られる。
それが余計に羞恥心と屈辱感をあおり、賀藤の目にますます涙があふれていく。
「可愛い可愛い子猫ちゃん。……っふふ、まさにネコというわけか」
「くそくらえ!」
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