第4話
「え、これ私の小説…」
自室で小説投稿サイトのランキングを見ていた私は、思わず息を飲んだ。『夕日に染まる春の恋』。執筆中の私の小説が、恋愛部門の八位になっていた。慌てて近況ノートを開く。
私の小説、「夕日に染まる春の恋」が恋愛部門の八位になりました!自分の書いた小説が十位以内に入ったのは初めてなので、とっても嬉しいです!
ピコン。通知音がして、公開したばかりのノートに、コメントがついた。随分早いな、誰だろうと不思議に思いながらコメントを開く。
おめでとう!やっと時代が春川恋町に追いついて来たみたいですね。ー 鮫型コンピュータ
鮫型コンピュータ?…same type of computer。まさか、浦西くんだろうか。
ありがとう、バックウェストさん!
言うまでもないが、バックウェストとは直訳して裏西…浦西くんのことだ。
バレたか笑
やはりだ。私は思わず、くすりと笑った。
「デートは上手くいったみたいね」
次の日の朝、亜紀は私の顔を見るなりそう言った。私は何も言わずにっこりと微笑み、頷く。
「八位、おめでと」
「ありがとっ」
高校へ向かう途中の上り坂は、いつもより傾斜が緩いように感じた。軽快な足取りで、私は校門の前までスキップした。
そして私は見てしまった。
さっきまでの有頂天が嘘のようだ。今、私の心の中はマリアナ海溝の深淵のように暗く落ち込んでいる。
「奏、元気出しなよ…」
亜紀がそう言う。私は、何度目かのため息。
「だって、浦西くんが坂下先輩と付き合ってるなんて…」
「そんなのまだ分かんないでしょ。手つないで一緒に登校してただけじゃない」
「それって、付き合ってるってことじゃないの!?」
「んー、それは…」
亜紀は何かを考えるように宙を見つめる。が、なにも思いつかなかったようで、すぐに頭をこてん、と右に傾けた。
「ほらー…」
また、ため息。ちらりと浦西くんの方を見ると、浦西くんも偶然私を見ていたようで、目が合ってしまった。慌てて目をそらす。そしてまた、横目でちらりと。
「でも、全然気づかなかったなー…いつから付き合ってたんだろ」
誰に問いかけるでもなく、私は小さな声でそう呟いた。
「はぁぁ…」
「もう、いい加減うるさいよ奏」
下駄箱で靴を履き替える私と亜紀。ため息の大量生産工場と化した私に、亜紀はうんざりした様子で言った。
「だって…」
言われたそばから、ため息混じりの私の声。
「そんなに気になるなら聞けば良いでしょ」
「聞けないよっ!そんなの聞けるわけ無いでしょ!」
はぁ…。またため息がもれる。もはや深呼吸に近い。
下駄箱から上履きを取り出そうとして、なにか違和感を感じた。上履きの下になにか、紙のようなものが…
ラブレター!?
「あ、ああああ、亜紀くん」
「何よ急に。名前にくん付けって、なんかベテランの大学教授みたい」
動揺が隠せない私を、訝しむ亜紀。
「私、忘れ物したみたいだから先行ってて」
「良いよ。私、待ってるから」
「んー…でも時間かかりそうかも」
「えー、そうなの?私今日用事あるのよねー…じゃあごめん、奏。今日は先帰るね」
「うん、全然大丈夫。また明日ねー」
…ふぅ。私は深く息を吐く。さっきまでとは種類の異なるため息。と同時に、心臓の脈打つ音が、徐々に早くなっていく。上履きの下から、そっと白い封筒を抜き取る。表にも裏にも、名前は書かれていない。私は封筒を開けてみる。中には、これまたシンプルな白い便箋が一枚。
放課後、校舎裏で待ってます。
青山 優介
ストレートで典型的な、呼び出しの文。いや、それより…
「青山くん!?」
青山くんはクラス一モテる男子で、容姿端麗、スポーツ万能、成績優秀。非の打ち所のないパーフェクトボーイがなぜ、私を。いや待て。呼び出されただけだ。まだ告白と決まったわけじゃない。それに、もしかしたら私は揶揄われているのかもしれない。あるいは、ババ抜きの罰ゲーム…
考えていても無駄だ。校舎裏に行ってみよう。それにもし告白だったとしても、答えはもう決まっている。私は浦西くんが好きだ。それに、青山くんは亜紀の好きな人でもある。私が付き合うわけにはいかない。
桜庭高校の校舎裏は、まさに桜の庭だ。舞い散る桜吹雪の中、薄桃色のカーペットを一歩一歩踏みしめていく。
「あ、春宮さん…」
私の姿を確認して、青山くんの顔がほころぶ。途端に罪悪感が大きくなる。私は青山くんの告白を断らないといけない。私のことを好きだと言ってくれる人に、私はこれからNOを突きつけるのだ。青山くんが私で、私が浦西くんだったらと思うと…
「あの…春宮さん」
考えてみれば告白を受けるのはこれが最初。私の心臓は、青山くんのそれよりずっと速く動いているかもしれない。そんな事を考えながら。
「俺、春宮さんが好きですっ」
恋愛小説は両思いのプログラム; 戸隠 洸 @NaganoSouhei
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