第3話

「今日の放課後、空いてる?」

「…え?」

浦西くんの質問の意図が読めず、聞き返す私の声は上ずっていた。

「もし良かったら、一緒にカフェ行こうかなって。学校の近くに新しくできたやつ。まだ行ったことないんだ」

カフェ…一緒に…それってーー


「デート!?」

「あんまり大きな声出さないで」

女子トイレの個室で、亜紀に屋上での出来事を話すと、亜紀は素っ頓狂な声を上げた。

「どうやら時代は奏に味方したようね」

「そんなんじゃないよ〜」

とはいうものの、満更でもない。一年も思い続けた片思いの相手とデートに行ける。一昨日までの私なら、それは小説の中だけの話。だけど今日は、現実。夢のようだけど、頬をつねっても覚めない夢。

「顔がニヤけてる。ってゆーか奏、ちゃんと話せるんでしょうね。デートなんて初めてでしょ」

「彼氏いない亜紀に心配される筋合いはありません〜」

「生意気〜!!」


その後の授業ーー五時間目と六時間目は、あっという間に過ぎた。終業を知らせるベルが鳴った時には、私のノート、記憶、そして頭の中も全部真っ白だった。

「大丈夫なの?そんな状態で」

亜紀が私を心配してそう尋ねた。

「モテる会話術のサイト読んだから…多分大丈夫…」

「いや、それ以前の問題だよ…私が心配してるのは」

呆れたように亜紀が呟いた。


浦西くんは、下駄箱のところで待っていた。階段を駆け下りてくる私を見て、浦西くんは、はにかんだ。

「確か、こっちの道だよね」

校門を出て少ししたところで、浦西くんが私に確認した。

「う、うん」

ダメだ。どうしても緊張してしまう。浦西くんに嫌われないように、そればかり考えてしまう。

「café de brise…ここか」

Café de brise。直訳するとそよ風のカフェだ。その穏やかなネーミングのおかげか、それとも嗅ぎ慣れたコーヒーの香りに安心したのか、私はやっと落ち着くことができた。

「私、好きだな」

「…え?」

「ここの香り」

「…ああ」

相槌を打つ浦西くんの声はなんだか、曖昧なトーンだった。


「春宮さんの小説。『高校ラブソング』がいちばん好き」

「えーと…どんなんだっけ」

浦西くんは私の小説に関してやたら詳しかった。私ですら覚えていないような昔の小説の見所を、浦西くんは事細かに覚えていて、それがいかに素晴らしいかという事を、真剣な眼差しで力説してくれる。だけど、それは私の浦西くんとの妄想デートを、名前を変えて文字に起こしただけのもの。それを浦西くんに力説されてるこの状況って一体…。

「そ、それよりさ!浦西くんプログラマーになりたいって言ってたよね!」

「ん?…ああ。そうだけど」

小説の話を途中で打ち切られて、浦西くんは明らかに不満そうな顔をする。仕方ないじゃないか。もうこれ以上は耐えられないんだから。

「じゃあ、ゲーム作ったことあるの?」

「まぁね」

浦西くんは少し照れ臭そうに頷いた。その答えを聞いて、私は身を乗り出す。

「やってみても、良い?」

浦西くんの視線は斜め上へと泳いだ。私は首をひねる。

「ダメなの?」

「良いけど…あんまり面白くないと思うよ」

そう言うと浦西くんは、登山家のそれのような大きなバッグの中から、ノートパソコンを取り出した。

「あっ、それ私が小説書くのに使ってるのと同じ!」

「え、マジ!!?」

思わず叫んでしまってから、私はしまった、と思った。案の定、浦西くんは興奮して身を乗り出してきた。ここまで来るともう分からない。私の小説の、どこがそんなに良いんだろうか。しかし、続いて浦西くんが発した言葉に、私は不覚にもときめいてしまう。

「これ、運命じゃね?」

運命…。

「うん、ぜったい運命!」

私は思わず、立ち上がってそう叫んでしまった。

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