射手と運命と―③

 

   👆


「ジェイ。こうなったら仕方ないわ。その場に銃を置いてここから立ち去りなさい。それであたしから連絡があるまで、いつもの場所で待機してなさい。あたしはあんたを裏切るつもりはない。あんたも同じなら、これがギリギリの条件よ」


「くそっ」

 ジェイは英語で悪態をついた。

 それから怒りのこもった目で僕を見下ろした。


「ジェイ、あたしを信じるなら、今すぐそうしなさい。信じられないなら、」


 デイジーはグッと銃を伸ばした。


   👆


「オーケー、ジー。分かったよ」

 ジェイは引き剥がすようにして、僕の額から銃口をどけた。

 そして人差し指に銃をぶら下げて両手をあげた。


「俺は姉さんを信じてる。だから出ていく。なに、ここまでやれれば、あとは一人だってできるからな」


 ジェイはゆっくりとデイジーに向かって歩いてゆく。

 その間もデイジーは油断なくジェイに銃口を向けている。


「心配すんなよ、姉さん」


 ジェイはゴトリと銃を机に置いた。

 それからゆっくりとドアに向かって歩いていった。


   👆


「ジェイ、エレインのバンドを外して行って」

「オーケー」


 ジェイはベルトからナイフを引き抜き、スパスパとプラスチックバンドを切った。解放されたエレインは痛そうに手首をさすった。


 と、不意にジェイがその傍らにしゃがみこんだ。


「いいか、エレイン、母親を裏切るんじゃねえぞ。、ファミリーの絆ってのがどんなものか分かるだろう?」


 エレインが母親?


   👆


「余計なこと喋るんじゃないよ」

 とデイジー。

 エレインは母親と同じように、冷たいまなざしでジェイを見上げた。


「よく似た親子だぜ。じゃあな。例のアパートで待ってるぜ。二人とも俺を裏切るんじゃねぇぞ」


 ジェイはそういって部屋を出ていった。


 そして部屋にはなんだか重苦しい雰囲気が残った。

 それはもちろんエレインのせいだ。だが誰も何も聞くことはできなかったし、エレインも何もしゃべりはしなかった。


   👆


「エレイン、この銃を持ってジェイのいた場所に立って」

「なによ、今さら。さっきまであたしを疑ってたくせに」

 エレインはまだ手首をさすっている。


「ごめんね。でもそうじゃないのよ。あなたはこういうことに不慣れだから、関わらせたくなかったのよ」

「うそばっかり」


「母さんを信じて。とにかくこれはあたしたちファミリーみんなのためなんだから」


   👆


 エレインはしばらく考えていたが、やがて机の上からジェイの銃をとった。

 そのままスタスタとデイジーの前を横切り、ジェイのいた窓際に陣取った。


「みんな、あたしに撃たせないでよ」


 エレインはそう言って、僕たちに銃を向けた。


 あやめさんが両手で顔を覆って泣いた。


   👆


「なぁ、エレイン、さっきの話は何だよ?」

 マックがボソリとした声で聞いた。

 その声から感情は読みとれない。


「あいつ、君が母親だとか、そんなこと言ってたけど?」

 エレインはマックに銃を向けた。そして答えた。


「そうよ。あたしは母親なの。双子の娘がいるの」


 みんな驚いていたと思う。僕も驚いた。


 だから何だということもないんだけれど、まぁやっぱり驚いた。

 あの日公園で見た双子はエレインの娘たちだったのだ。


「なんだよ、なんなんだよ? 今ごろになってそんな事言い出すなんて」


   👆


「あなたには関係ないことよ。これは最初から全て計画のうちだったの。でもね、あなただって知ってたはずよ? この結婚はうまくいかないって」


「くそっ、くそっ! 俺をだまして、馬鹿にしてたんだな。ガキまでいるなんて! これじゃ、まるっきり俺は馬鹿みたいじゃないか」


 マックの頬からボタボタと涙が垂れた。

 でもそれは悲しみのためではなく、怒りのせいだった。


 そこがいかにもマックという男らしかった。


   👆


「マック、エレインの母親として言わせてもらうけど、あんたにはエレインを愛する資格がないよ、」

 デイジーは笑うようにそう言った。


「子供がいるからってなんだい? 自分の子供じゃないのがそんなに嫌かい? 夫になるつもりなら、どうしてエレインのすべてを受け止めてやれないんだい? どうして子供と一緒に守ってやれないんだい?」


 そこだけは敵ながら、もっともなご意見だった。


   👆


 僕たちは黙り込んでしまった。

 光造さんも気まずそうに沈黙している。


 と、沈黙を破るように、今度はパソコン画面から日向の明るい声が聞こえてきた。


「デイジーさん、すべて積み終わりました」


 画面の中では大きな台車いっぱいに、金塊がきれいに積まれていた。


「ごくろうさま。あとは手はず通り、バンに積み込んで港に向かってちょうだい。船は分かってるわよね?」


「はい。あの、少しだけエレインと話せますか?」


   👆


「ええ、かまわないわ」

 デイジーはノートパソコンをぐるりと回し、エレインに向けた。


「やぁ、エレイン。これでようやく日本から抜け出せるぜ。ちゃんとエマとサラも連れていくから心配するな。これだけの金があれば、好きに暮らせる。あとは、現地で、な」

 ヒュウガの声は実に楽しそうだった。


「ええ、ちゃんと連れてきてね」

 そう答えるデイジーの声は少し憂鬱そうだった。


   👆


「最後まで気を抜くんじゃないよ」

 デイジーはパソコンを自分に向けてそう告げる。


「分かってますよ、デイジーさん」

 画面の向こうでヒュウガが親指を立てた。

 それからカメラにグイッと顔を近づけ、凶悪な右目を画面いっぱいに広げた。


「悪いなマック! 金は全部いただいてくぜ! それから光造社長! あんまり人を安く使うもんじゃねぇぜ! それからあやめばあちゃん! あんたの息子、オレのおやじは最低のクソヤローだった! でもな、これで全部チャラにしてやるよ。お前ら全員終わりだ! まったくざまぁねぇぜ!」


 ヒュウガが笑った。

 腹から絞り出すように、何度も何度も笑った。


   👆


 



 ~ つづく ~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る