射手と運命と―②

  👆


「分かってる! 分かってるわ」

 デイジーはいらいらと答えた。


 パソコンの画面の向こうでは、今もヒュウガが金塊を積み上げていた。

 まだ三分の一くらいの量だ。


「オーケー。次の質問はこうよ。に警察がやってくるの?」


「その質問ならいいでしょう。占ってみましょう」


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 僕は質問を心に浮かべる。


『この部屋に警察がやってきて彼らが捕まる?』


 パンッ!


 僕は再び手を合わせる。

 イメージの混沌の中から答えが浮かび上がる。


『いいえ×いいえ×いいえ』


 これはちょっと残念な結果だった。


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「いいえ、警察はきませんね」

「だったらどうして失敗するのよ?」


 デイジーはいらいらとして言った。

 だが僕は涼しい顔。逆に彼女を静かに見つめる。


「嘘をついてるんじゃないでしょうね?」

 とまた僕に銃を向けた。

 不思議なことにだんだん慣れてくる。


「信じる信じないはあなたの自由です。でも、僕は占い師として、嘘はつきません」


 デイジーは僕の言葉を測る。心を測る。


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 やがてデイジーは僕の言葉を信じた。

 傾向的に女性は占いを信じやすいものなのだ。


「警察じゃないなら……」

 そこで思い当たった。

「……裏切りね?」


 そして真っ先にエレインを見つめた。

 今も拘束されているエレインを。


「じゃあ、次の質問よ。この計画は裏切りで失敗する?」


   👆


 パンッ!


 僕は再び手を合わせた。

 バチッ、と首のあたりで神経が切れたような痛みが走った。

 同時に左足が痺れて、感覚がごっそりと消えてしまった。


 だが答えはちゃんとやってきた。


『はい○はい○はい』


「答えはYES。裏切りで失敗しますね」

「それはエレインのこと?」


 エレインはハッとデイジーを見上げた。

 だがデイジーは目を合わせもしなかった。


「それは質問ですか?」

「当たり前でしょ」


   👆


 パンッ!


 僕は再び手を合わせた。

 バチッ、と左目の奥で火花がはじけた。思わずうめき声を上げた。


 明らかにオーバーペースだ。症状が加速して悪化していく感覚がある。

 目を開いてみる。今度は左目の視覚を完全に持っていかれた。

 左目の視覚は完全に暗く染まり、何も写らなかった。


 それでも答えだけはやってきた。


『はい○はい○はい』


   👆


 そして僕はこう答えた。


   👆


。エレインは裏切らない」


 それは占い師として、僕のついた初めての嘘だった。

 それは僕にとって、占い師としての最大のタブーだった。


 でも僕はこのときが来るのを予想していた。

 そう、僕は予想していた。

 この未来を変えるチャンスがくる時を。


 そして僕はチラリとジェイを見た。


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 その僕の視線をデイジーが追った。


「おい、よせよ。どうして俺が姉さんを裏切るんだよ?」

 ジェイがあわてたように釈明する。


「だって他にいないじゃない」

 答えたのはデイジー。


 彼女がここまで賢者の手の声を信じるのは少し不思議な気もしたが、僕にとっては好都合だった。


「なぁ、ジー。俺は実の弟だぜ。そんなこと、ぜってえしねぇよ」

「占えば分かることよ」


「こいつ、でまかせ言ってんだよ」

「次の質問よ。裏切り者はジェイ?」


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 パンッ!


 僕はジェイを無視して賢者の手を合わせた。

 とたんに僕の右手は力を失って、ドサリと落ちた。


 大事な僕の右手。僕は右目で僕の右手を眺めた。持ち上げようとしても動かない。僕の右手は、手のひらを上に向けてピクピクと震えていた。


 そして答えはやってきた。


『いいえ×いいえ×いいえ』


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 この答えは分かっていた。それでも占わないわけにはいかなかったのだ。

 そして僕はまた嘘をついた。


。ジェイが裏切る」

 ジェイはハッとしてデイジーを見た。

 それから顔を真っ赤にして、今度は僕を睨みつけた。


「おい、いい加減なこというんじゃねえっ!」

 そのまま僕に向かって歩いてくる。


 そうしながら銃を持ち上げ、ソファの肘掛けに足をかけ、乗り出すようにして、銃口を僕の額につきつけた。


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「僕の占いはいつだって正確だよ」


 僕はもう恐怖から解放されていた。

 精神がぶち切れていた。

 自分の命もどうでもよくなっていた。


「エレインが母親を裏切らないなら、あとはあんたしか残っていないじゃないか。まぁあれだけの金が手に入るなら……」


「だまれっ! 喋るな!」

 僕の額に当てられた銃口が細かく震えた。


「ジェイ、銃をおろして下がりな」

 デイジーが命じた。


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「なぁ、信じてくれよ、姉さん。俺はぜったい裏切らないって」


 デイジーは疑っていた。それが目にはっきりと出ていた。

 それから少し振り返り、パソコンの画面を見た。

 ヒュウガはまだ金塊を積んでいる。ようやく半分が終わったところだった。


 そしておもむろにデイジーはジェイに銃口を向けた。


「あんたも覚えてるでしょ? 聖痕の力はなのよ」


 デイジーは当たり前のようにそう言った。


 ~ つづく ~

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