第11章 射手と運命と

射手と運命と―①

「さて、ヒューガが積み終わるまでに、もうひとつ、どうしてもやってもらわなきゃならないことがあるの」


 デイジーが銃口の向きを変えた。


 今度は僕だった。


 僕にはなんとなく分かっていた。覚悟もしていた。

 それでも背筋が恐怖に震えた。


 その小さな鉄の塊に死が詰まっているのが見えた。その銃口からは、僕のつまらないながらも大事な人生を、一瞬で吹き飛ばす悪意があふれていた。


   👆


「デイジー、いい加減になさい! 一茶さんには関係ないでしょう! お金も取ったんだから、さっさと帰りなさい!」


 そう言ってくれたのはあやめさんだった。

 彼女は敢然と立ち上がり、両手を広げ、僕を銃から守るように立ちはだかった。


 僕はあやめさんの小さな背中を見上げた。


 僕は涙が出るほど嬉しかった。


 


   👆


「お義母さん、お義母さん。座ってくれないと、あたし本当に撃つわよ?」

「撃ってごらんなさい! そうすればあなたは人殺しよ! 死刑になるのよ!」


「その覚悟はとっくに出来てるんだけどね」

 デイジーはあやめさんの頭に向けて、銃を持ち上げた。


「待って! 待ってください!」

 二人の間のピリピリした雰囲気が沸騰する前に僕は立ち上がった。


 そしてあやめさんの肩に手をおいた。あやめさんの体はこわばってわなわなと震えていた。僕はもう一方の手も肩に掛け、あやめさんを座らせた。


「だいたい予想はついてるよ。占ってほしいんだろ? 僕に」


 そう言った瞬間、僕の中から恐怖が消えた。


   👆


「察しがいいじゃない」とデイジー。


「まあね。僕はずっと占い師だったんだ。人の心を読むのは得意なんだ」


 デイジーはじっと僕を見つめている。

 僕という人間を測るように。


「質問の仕方にはルールがあるんだったわね?」


 デイジーは僕から目をそらし、エレインに向かって質問した。


「そう。必ず二択で聞くの。YESかNOか。でも必ず当たる」


   👆


「じゃあ、まず一つ目の質問。あたしたちは金塊を手に入れて、このまま逃げきれるか? さぁ、占って」

 デイジーが銃口を揺らし、僕は座った。


「いいよ、占ってあげるよ」


「もう、やめたまえ!」

 光造さんが怒鳴った。

 部屋の空気がビリビリと震えるほどの大声だった。


「この力には代償がともなうんだぞ! あんたはそれを分かっているのか!」


   👆


 デイジーは言った。


「もちろん知ってるわよ。感覚が消えていくんでしょ? あたしのおばあちゃんもそうだったもの」


 やっぱりおっかない女だ。


「だったら、これ以上、彼にかまうな! このまま勝手に逃げろ!」

「あのね。彼も計画の一部なの。彼はあたしたちが安全に逃げきるための切り札。ジョーカーなのよ」


 そう僕はやっぱりジョーカーだった。


  👆


「大丈夫ですよ、光造さん。デイジーさん占ってあげますよ」

 僕はソファに深く腰掛け、浅く息を吸って目を閉じた。質問を心に張りつける。


『彼らは金を奪って、逃げられるのか?』


 両手を張り合わせるようにたたきつける。


 パンッ!


   👆


 デイジーの姿、拳銃、ヒュウガ、金塊、ジェイ、エレイン。あらゆるイメージが渦を巻いて溶けあってゆく。そして答えが白い爆発の中から現れる。


『いいえ×いいえ×いいえ』


「さぁ、どうなの?」とデイジー。


「ダメですね。このままでは、あなたの計画は失敗します」


   👆


「計画をあきらめて、すぐに逃げた方がいいんじゃないですかね?」


 望み薄だが、そう付け加えた。


「まぁ、簡単にはいかないと思っていたわ。では次の質問よ。どうすれば逃げられるのかしら?」


 再び光造さんが立ち上がった。

「もうよせ! おまえたちのバカな質問に答えるたびに、彼は感覚を失うんだぞ」


 だが、もはや光造さんが何を言おうと、何をしようと、事態は動かなかった。


   👆


「その質問には答えられませんよ」


 代わりに僕は静かにそう告げた。

 光造さんは驚いたように僕を見下ろし、それからあきらめたように座りなおした。


「質問はYESかNOでないと答えられません。手相占いでよければ答えますけど」


「分かってるわよ」

 デイジーは少し考え込んだ。


「なるべく質問の数を減らしてくださいよ。僕がいつ答えられなくなるか、僕にも分かりませんから」


 この時の僕は別人のように自信にあふれていた。



 ~ つづく ~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る