潜んでいた蠍―⑤


「ジュニア、あんた、なにか勘違いしていない?」

 とデイジー。


「ハハ。おまえ頭おかしいんじゃないか?」

 とジェイ。


「あんたたちこそ、どういう意味だよ? あんたたちには大金のはずだぜ」

 とマック。


「あんたの会社には今、二百億円の現金があるはずよ。金塊になって」

 その言葉にマックは凍りついた。


「どうしてそれを?」

「最初からそういう計画だったからよ」とデイジー。


 その言葉に、マックはゆっくりと扉の方に目を向けた。

 その視線の先にエレインがいた。


   👆


 エレインもマックを見つめていた。

 エレインの目には『確信』のようなものがあった。


 謝るでもなく、恥じるでもなく、憎むでもなく、ただただ事実を見つめる冷徹な視線だった。


「まさか君もグルなのか?」

「ええ。そうよ」とエレイン。


「まさか、この結婚もそうなのか? それでハワイで結婚式を挙げたいって?」

「そう。あなた一茶に言われなかった? この結婚はうまくいかないって」


 マックの顔がみるみる青ざめて震えた。

 そして獣のような目で僕を見た。


 まぁ、ああいう言い方をされたら僕も疑われるよな。

 もちろん僕は彼らとグルじゃない。

 僕は首を振った。


 たぶん信じてくれたと思う。


 マックは自分の頭を掴んで短くうめき声を上げた。

「クソっ! なんだよ! なんなんだよ!」


   👆


「さて、すっかり理解したみたいね。じゃあまずは金庫の暗証コードを教えてもらおうかしら」


「それを、ここで、聞いてどうするつもりだよ?」

 マックの怒りも沸点に達しているようだ。声が震えている。


「もちろん金庫をあけるのよ。そして金塊を安全なところに運ぶまで、あなたたちには、ここにいて人質になってもらうわ」


 デイジーはニッコリと実に晴れやかな笑みを浮かべた。


「まだ仲間がいるってことか?」

「そういうこと」


   👆


「ジェイ、見張ってて」

 デイジーはそう言ってくるりと振り返り、パソコンにカタカタと何かをうちこんだ。しばらくして画面が起動し、テレビ電話のソフトが立ち上がった。


「そっちの準備はいい?」

 画面には誰も写っていない。だが背景は確かに会社の中のようだった。


「オーケーですよ」

 遅れて声が聞こえた。


 そして一人の男の顔が画面いっぱいに大写しになった。

 それはヒュウガさんだった。


   👆


 クロサキカンパニーで総務をしていた男、僕が履歴書を提出した相手だった。


 そして僕は思いだした。少し前、エレインとヒュウガさんが、小さな双子の女の子と一緒に公園にいたことを。


「日向君、どうして君がそこにいるんだ?」

 そう言ったのは光造さん。


「社長、お元気そうですね、船旅は楽しかったですか?」


 画面に大写しになった日向が答えた。

 今はジーンズにレザージャケット姿。眼鏡をかけず、髪もボサボサにしている。


 そして彼の目は異様にギラギラと輝いていた。

 たぶんこちらのほうが彼の本性なのだろう。


   👆


「日向君、私は君がどうしてそこにいるのか聞いてるんだ」


「もちろん金のためですよ。それから妹のため。それと個人的な復讐のためです」


 そこでデイジーが付け加えた。


「お義母さん、さっき言ったでしょ? 彼がもう一人のあなたの孫。ケンジの息子」


 あやめさんはなにも言わなかった。

 ただ苦しそうに胸を押さえた。


「さてヒューガ。誰に何を聞けばいいの?」

 とデイジー。


「まずはマックさんにアクセス用のパスワードを聞いてください」


   👆


「じゃあ、あんたからね。さっさと答えてちょうだい」

「いやだね。俺はぜったい喋らない」

 とマック。体が小刻みに震えていたのは、怒りのせいか悲しみのせいか。


「あんたのパパが死んでもいいの?」

 ジェイの銃口が少し横にそれた。

 マックの背がゾクリと震えた。

 デイジーはマックの弱みを確実に掴んでいるようだった。


 一瞬の沈黙が長く長く引き延ばされてゆく。

 マックはまだ喋らない。


「マック、早く答えて! 母さんは本当に撃つ人よ!」


 思わずエレインが叫んだ。


   👆


「答えなさい! 答えないなら本当に撃つわよ」

 と再びデイジー。


「マックさん、答えなさい」

 あやめさんが静かに言った。

 マックはハッとした表情であやめさんを見た。


「いいのよ。会社のお金は、デイジーの言ったように、特別な力を使って得たものなの。返したと思えばいいのよ。あなたたちの命には代えられないわ」


「でもそんなことしたら会社がつぶれます。資産の八十パーセントを金塊に換えているんです」


「それでもかまいません。すぐに答えなさい」


   👆


 マックはがっくりとうなだれた。

 そして絞り出すようにアルファベットを答えた。


「E・L・A・I・N・E」


「ハッ! めでたい男だぜ」ジェイが短く笑った。


「エレイン、ね」デイジーもニヤリとした。


 エレインは静かにうつむいた。


 


 マックの想いが笑われた。

 なによりそれが許せなかった。


 だから僕は静かに激怒していた。


   👆


「オーケーです。次は会長にコンビネーションを聞いてください」

 パソコン画面の奥でヒュウガが告げた。


「さ、お義母さん、次はあなたの番よ」

「いいわ。まず47。これは会社を起こした歳よ。次に22、これは結婚した歳。65、これはエレイン、あなたが生まれた歳よ。それから28、息子が生まれた歳。26、これはデイジー、あなたのおばあさんからあの力を受け継いだ歳。そして58、これは息子のケンジが死んだ歳。これで満足かしら?」


   👆


「47、22、65、28、26、58」

 デイジーは無感動に、番号だけをヒュウガに伝えた。


 そして画面の向こうでは、ヒュウガが背中を向け、巨大な金庫の扉を前に、ダイヤルをくるくると回していった。


「これでオーケー! さぁオープンセサミ!」


 ヒュウガは金庫のハンドルに手をかけ、体重をかけて巨大な扉を引きあけた。


 そこに山積みの金塊があった。

 僕の目にはほとんど白く見えていたが、それがまばゆく輝いているのはよく分かった。


   👆


「すっげぇ」

 ジェイがつぶやいて口笛を吹いた。


 デイジーもその一瞬、身を乗り出して画面をうっとりと見つめた。


 それは僕も同じだった。

 こういうのは映画の中だけの話かと思っていたのだ。

 煉瓦みたいな金塊が三角に高く高く積み上げられていた。


 その迫力、とりつかれる気持ちもちょっと分かる気がした。


   👆


「さて、ヒュウガがこれを全て運び出すまで、あなたたちにはこのままここにいてもらうわ」


 デイジーは改めて僕たちに銃口を向けた。


 画面の向こうでは、ヒュウガが台車を引きずってきて、その上に金塊を一つずつ積み上げはじめた。


「カンペキでしょ」


 デイジーはそう言って僕たちにウインクした。


   👆


 確かに完璧な計画だった。


 犯人の三人は成功を確信していた。


 あやめさんたちは静かに絶望していた。


 状況は最悪。


 だが僕は知っていた。


 



 ~ 第10章 完 ~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る