潜んでいた蠍―③

   👆


 バンッ!!!


 いきなり、何の前触れもなく扉が開かれた。

 たたきつけられるように、両開きの扉が壁に当たって揺れた。


 その向こうに外人の女がいた。おばさんという年頃。その隣にはサングラスをかけた長身の男が立っていた。こちらも決して若くはない。


「動かないで」


 女の方が静かに言った。

 とてもなめらかな日本語だった。


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 いよいよ運命の時が始まったな。


 僕は冷えた思考でそう感じていた。

 

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 二人の手には、映画でよく見るようなサイレンサーをつけた拳銃が握られていた。初めて見る本物の銃だった。それは死をいっぱいに含んだ黒い鉄の塊だった。


 厄介なのはもうひとつ。男の左手は、もう一人の手を掴んでいた。

 白くて細い手首。それはエレインの手首だった。

 ぐったりした姿のエレインが、引きずられてようにしてそこにいた。


「エレインっ!」


 マックが立ち上がりかけたが、デイジーが素早く銃口を向けると、両手を上げ静かに座りなおした。


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「ハイ。みんなお久しぶりね。あたしのこと忘れてないわよね?」


 燃えるように逆立つカーリーヘア、鉤型になった高い鼻、細くつきだしている顎、そして宝石をはめ込んだような異質な瞳。


 これまでずっと身を潜めていたサソリがついに姿を現したのだ。

 毒を滴らせた拳銃を握りしめて。


 それが『デイジー』だった。


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「みんな冷静にね。無駄な血は流したくないの」


 しかしその銃口は僕たちにぴたりと向けられていた。


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「デイジー、あなたなのね」とあやめさん。

「久しぶりね、お義母さん。ちゃんと覚えていてくれたのね」


「忘れるものですか。エレインを置いて逃げたくせに、今度はいったい、」

 あやめさんの声は震えていた。

 心底怒っていた。どうしようもないくらいに。


「お義母さん、落ち着いて。つもる話はあとでまたゆっくりね」


 デイジーは僕たちにピタリと銃口を向けたまま、壁づたいに部屋の中へと入ってきた。そのまま僕たちと一定の距離を保ったまま歩き、バーカウンターの前で足を止め、ゆっくりともたれかかった。


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「ジェイ、扉を閉めて」

「オーケー、ジー」


 ジェイと呼ばれた男が、扉を閉めて鍵をかけた。

 それからエレインの手首をプラスチックのバンドで拘束し、さらにもう一本のバンドで手早くドアノブにくくりつけた。


   👆


「さて、これでゆっくり話せるわね。光造おじさんも、お久しぶり。ずいぶんおじいさんになっちゃたわね」


 デイジーはまったく冷静そのものだった。

 銃を持っているのを忘れるくらい。


「デイジーさん、なぜこんなことを? なにをはじめるつもりです?」

 光造さんが聞いた。こんな時でもいつもの言葉遣いだ。


「これからビジネスをはじめるの」

「それなら銃なんて必要ないでしょう」

「これが必要なビジネスなのよ」


 デイジーは銃をひらひらと振った。おどけた仕草で。

 光造さんは奥歯をかみしめ、拒絶するように胸の前で両手を組んだ。


   👆


 と、ここで少しだけ、状況を整理しておこう。


 僕たちが座っているのは革張りのソファー。僕とあやめさんが並んで座り、ガラスのテーブルを挟んで、マックと光造さんが座っている。


 入り口の扉には、エレインが両手を縛られてドアノブにつながれている。


 デイジーはバーカウンターのところにもたれかかって、僕たちに銃口を向けている。距離は僕たちから五メートルくらい。


 ジェイはデイジーの右手の位置、大きなガラス窓のそばにたち、やはり僕らに銃口を向けている。


   👆


 まぁこんな状況。


 こんな天国のようなスイートルームで、僕たちは重苦しい空気を呼吸していた。


 閉ざされた窓ガラスを通して、波の音や、観光客の歓声が聞こえてくる。

 南国の強烈な日光が部屋の中を白く輝かせている。


 でも僕たちは確かに地獄にいた。


 ~ つづく ~

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