潜んでいた蠍―②

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 たしかに僕はここにいる大人たちに巻き込まれた形でここにいる。


 あやめさんもそう、光造さんもそう、マックやエレイン、そしてクロサキカンパニーもそう。

 賢者の手を引き継ぎ、彼らのために力を使い、僕だけが代償を支払ってきた。


 あやめさんには少なくとも自分の意思があった。

 でも僕は成り行きだけでここに立っていた。


 僕だけがまるっきりの犠牲者だった。


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 そのことを疑問に思わなかったわけじゃない。

 どうして僕だけが犠牲にならなきゃならないのか?


 でも光造さんの言葉に僕は何らかの答えを得た気がした。


 たぶん僕は二人の老人にとってヒーローとなっていたのだ。

 人知れず困った人を助ける正体不明のヒーロー。

 そのためにあらゆる自己犠牲をいとわない本物のヒーロー。


 そして僕はそうなることを、ヒーローになることを了承したのだ。

 正体がばれてしまったこの瞬間に。


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「これからは君とパートナーということになるんだね。でもね、私は君に約束するよ。これからは君に負担をかけないようにする。なんといっても君はうちので大事な切札だからね」


 光造さんはそういって、ビールの缶を持ち上げた。

 つまり乾杯のお誘いだ。僕は自分の缶を持ち上げ、カランと乾杯した。

 契約の成立だ。


 でも正直に言うと、僕は切札のエースじゃなかった。


 どちらかというと鬼札、ジョーカーだった。


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「そういえば、あやめ会長」

 光造さんはぐるりとあやめさんに体を向けた。

 僕との話は終わり。とりあえず。


「見間違いかもしれませんが、さっき、ロビーでデイジーさんに似た人を見かけたんです。なにか聞いてましたか?」


 その言葉にあやめさんは驚きの表情を浮かべた。

「デイジー? あの人がここに来ているっていうの?」

「本人かどうかはわかりません。もうずいぶん時間も経ってますからね。ただあなたがお呼びした可能性もあるのかと思いまして」


「まさか。わたくしは連絡先も知らないわ」


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 ちなみに僕は知らないことになっているが、あやめさんの心情からするとあまり愉快なことではないはずだ。

 デイジーという人は、噂ではあるものの、ダンナだった息子を殺し、孫娘のエレインを置き去りにした女性なのだ。


「ではエレインさんが招待したということは?」

「考えられないわ。たぶんよく似た別の人なんでしょう。きっと見間違えたのよ」


「そうかもしれませんね。いえ、きっとそうでしょう」


 


 光造さんが見たのは確かにデイジーさんなのだ。


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 しばらくして部屋にマックが一人でぶらっと現れた。

 早くも白のシャツに、白のズボンという姿だった。


「ママはまだ船酔いだって。部屋でもう少し休むって」

 マックは父親にそう言った。


「エレインはどこに行ったの?」

 とあやめさん。


「ショッピング、だってさ」

 マックは部屋の中のソファにどっかりと座った。


 なんとなく僕たちも中央のソファに集まり、テーブルを囲んで座る。

 光造さんがマックの隣、僕とあやめさんはその向かいに座った。


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「ところでマック、会社の方はどうだ?」

「何度かピンチはあったけど、会長に助けてもらって、業績を伸ばしてる」


「大したもんじゃないか。この不景気のご時世で」

「でもパパのようにはいかなかったよ」


 そういうマックは本当に悔しそうだった。

 光造さんはそんなマックの姿を優しく見つめていた。


「私とお前は違うよ。でもよく頑張ったな」


 マックは照れたように口元でほほえんだ。


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「ああ、それよりさ。みんな集まってるから、今、段取りを説明しておこうかな」

 僕たちは一斉にうなずいた。

 そして光造さんと僕はグビリとビールを飲んだ。


「あれ。パパ、もうビール飲んでんの?」

「そりゃあな」と光造さん。


「あ、僕もいただいてるよ」と僕。

「まじかよ。息子の結婚式だぜ? 一茶まで飲んでさぁ。俺、結構気合い入ってんだぜ。なんかいきなりクジかれた感じ」


「まぁまぁマックさん。これから楽しい時間が始まるのよ。あなたももっと肩の力を抜いて楽しみなさい」

 あやめさんがそう言ってビールを渡した。


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「いや、それはちょっと!」


 それを止めたのは僕と光造さん。ほぼ同時だった。

 僕はもちろん、光造さんもマックが酔うとどうなるかわかっているらしい。


「何だよ二人とも。こんな時に俺が飲むわけないだろ」

「お。おお、そうだな。では一茶君、君がそのビールを飲みなさい」


「はい。ちょうど空いたところでした」

 そう言って僕はあやめさんから缶を受け取った。


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 僕は腕時計を見た。時刻は午後の四時。

 結婚式まではあと二時間。


 何かが始まるとすれば、そろそろ始まる時間だろう。


(今回ばかりは外れてほしいなぁ)


 僕にとって、それは願いではなく、祈りだった。


 



 ~ つづく ~

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