第9章 日常は牛の歩
日常は牛の歩―①
マックとエレインの結婚式……それもまぁ興味深くはあったけど、僕の心はハワイという楽園のことでいっぱいだった。
もちろん初めての海外というのもあるけれど、小さいころからテレビで見てきたハワイの映像は今も鮮明な記憶として残っている。
白い砂浜、青い海、地上の楽園!
つくづく色を失ったのが惜しい気がする。
でもそれほどでもない気もする。
慣れてしまえばそんなものだ。
👆
あの日、マックとエレインは結婚式の段取り、招待客、スケジュールと何やらいろいろと説明していたが、正直よく覚えていない。
二人には悪いが、僕の頭の中はとにかくハワイのことでいっぱいだったから。
「ハワイかぁ。いい響きだ」
ただただうれしかった。
自分でもなにがそんなにうれしいのかわからないくらい楽しみだった。
👆
さらにその日の晩、珍しいことにマックが僕の部屋を訪ねてきた。
「キミがここに来るなんて珍しいね。まぁ上がってよ」と僕。
「ワォ! イッサ、この部屋、来たときのままだ!」
マックは部屋に上がるなり、驚いた様子でそう言った。
「……配置もなにもかも一緒なんじゃないか? 本当にここに住んでるのか? ちっとも汚れてないし。モデルルームじゃないんだぜ?」
「ああ。なんか変えられないんだよね」
そう全部ここに来た時のまま。家具はもちろん、その配置もまったく同じだ。
掃除もマメにしてあるから、ほぼ来た時の状態を保っている。
「それでもメダカが増えたよ」
「もっといろいろ買えばいいのにさ、って大きなお世話だったな」
マックはビールを持参していた。話しながら勝手にコップを取り出し、僕の分も注いでくれた。さらにストローをさしてくれた。
「まずは結婚おめでとう、だね」
僕はそう言った。
👆
僕は簡単にミモレットチーズを刻んでつまみを作る。それからクルミを軽くローストしてこれも盛り付ける。
ギプスをしていても、この程度なら動ける。
それからマックの向かい側、ソファに身を沈める。
「それにしても結婚よく思い切ったね。尊敬するよ」
と僕。もちろん悪い占いを告げてしまったから、ちょっと後ろめたさもある。
それを感じる必要はないんだけれど、僕の性格的には仕方ないことだ。
「一茶の占いでは俺たちの結婚はうまくいかないみたいだけど、未来なんて自分の意志でなんとでもなる、そう思ってさ」
マックは照れくさそうに鼻の横を掻いた。その様子を見る限り、あまり僕の占いを気にしている様子はない。ちょっとホッとする。
「まぁ占いなんて必ず当たるものじゃないしね。アドバイスみたいなものだよ」
僕はそう答える。
「占い師のお前がそれ言っちゃだめだけどな!」
マックはそう言って少し笑った。
「まぁね。そりゃそうだ。ははっ」
僕たちはなんだか変な感じで笑いあった。
👆
でも同時に僕は知っている。
あれは『賢者の手』の占いだった。
👆
そうそう。
いつ頃からか僕はこの能力のことを『賢者の手』と呼ぶようになっていた。
『賢者の石』というのはファンタジー界でも有名だ。
錬金術師がその生成を目指していた究極の物質。
鉛を金に変え、人に永遠の生命をもたらす謎の物体。
僕はこの手の能力の中にそんな不思議さを感じていた。
人間では絶対不可能なはずの、的中率百パーセントの占い。
それは二択でしか効果はないけれど、必ず当たる。
同時に僕はこの手の中に何らかの意思を感じる。
僕が考えたり、想像すること、そう言った思考の外から答えはやってくるからだ。
そしてこの賢者の手はジプシーのおばあさんから、あやめさんへ、そして僕へと引き継がれてきたモノなのだ。
そこには何かの意志・存在があると見ていいのではないだろうか?
まぁ、結局のところは理解できないし、全て想像でしかないんだけど。
👆
「さて、本題はそれじゃないんだろ?」
僕からそう聞いてみる。
僕たちはお互いに知っている。
この話をするためだけにマックが来るはずはなかったからだ。
「ああ、今日は一茶に話したいことがあってきたんだよ」
ほらやっぱり。
「なんだよ?」
「エレインの事、つーか、エレインのパパとママのことなんだ。お前は知らないだろうから、一応話しておこうと思ってさ」
もちろん僕には何の話か分からなかった。
エレインとは家族のことを話したことがなかったから。
彼女がそういう話題を避けているのは分かっていたから、これまでもあえて聞こうとはしなかった。
もちろんあやめさんともそういう話をしたことはない。
だがマックの表情から察するに、あまりいい話ではないらしかった。
~ つづく ~
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