いかさま天秤―④
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でも結局は正直に伝えることにした。
嘘だけはつくわけにはいかない。
それは先生の教えの一つで、約束の一つだった。
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かつて先生は言った。
「占いの結果がどうあれ、嘘だけはついてはいけない。運命というのは簡単に変わるものではないのだから、嘘で相手を混乱させてはならない」
それから先生はこう続けた。
「だからよく覚えておいて。嘘をつくときは、君が占い師をやめるときだよ」
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もちろん僕は占い師をやめるつもりはなかった。
だから僕はありのままを告げた。
「君の手相を見る限り、今の年齢での結婚生活はあまりうまくいかないみたいだね。もう少し歳をとって三十代後半になったら、状況も改善するみたい。でもさ。これはただの占いだし、信じなくてかまわない。それに君の行動次第で運命が大きく変わることだってある」
それだけ告げてエレインを見た。
意外にもエレインはホッとした表情だった。
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「やっぱりね。あたしもそんな気がしてたの。ありがと、一茶」
「信じるの? 僕の占い」
「うーんそれはビミョー。一茶はどう思う? あたし、マックと結婚した方がいいと思う? あたし、幸せになれると思う?」
占いの結果は別として、僕の考えはどうなのか?
これこそビミョーだった。
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「僕はけっこういろんな人を見てきたけど、マックはいい奴だと思うよ。仕事もできるし、子供っぽいけど、そのぶん真剣だし、まぁとにかくいい奴だよ。たださ、君が望んでいるものがマックの中にあるとは限らない。ミゾっていうのは必ずある。そこに我慢できるかは君次第だと思うよ」
「問題はあたしの方ってことね」
はっきり言えばそう言うこと。
キミもマックに劣らず自己中心的な性格だからね。
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だがまぁ、結局のところ。
マックとエレインはやっぱり結婚する事になった。
エレインを占ってから四日後のことだ。
あやめさんとお昼のサンドイッチを食べている時、エレベーターが上がってきた。そして中からマックとエレインの二人が並んで現れた。
「あやめ会長、ご報告があります。オレたち結婚します」
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「おめでとう二人とも」とあやめさん。
「おめでとう、マック、エレイン」と僕。
「ありがとう」マックは鼻の頭をかいた。
「ありがと」エレインは少しうつむいた。
なんとも妙な空気だった。
だがこれからはこの四人で家族になるのだ。
もちろんその中には勝手ながら僕も含まれている。
それは僕にとってすごく嬉しいことだった。
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「それで結婚式の予定はもう決まったの?」
とあやめさん。
「三ヶ月後にハワイであげる予定です。その頃なら父たちも合流できるらしいので」
ハワイか。やっぱり金持ちはすごい。
ちなみに僕は国内から出たことがなかった。テレビでしか知らない世界だが、実物はもっときれいにちがいない。
そうかハワイかぁ……青い空と白いビーチ、でっかいハンバーガーとかステーキ。クリームごってりのパンケーキ、シーフードもすごそうだよなぁ。一度でいいから僕も行ってみたいなぁ。
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「……それで、もちろんお二人にも出席していただきたいので、」
「えっ、二人って僕もいいの? ハワイに?」
僕は嬉しくなって、ついそう聞いてしまった。
「もちろん。それでスケジュールを空けておいていただきたいんです。正確な日時は後でご連絡します。あと飛行機やホテルなんかはこちらで手配しますから、パスポートだけ用意しておいてください」
「ハワイかぁ」
初めての海外。常夏の楽園。
楽しみだ。すごくすごく楽しみだ!
この僕がまさかハワイに行ける日が来るとは夢にも思わなかった。
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僕はギプスに覆われた、今は隠れて見えない賢者の手を見つめる。
不幸と幸福は表裏一体、それはいつでもクルクルと目まぐるしく入れ替わる。
だが幸せと不幸の量は同じくらいにバランスが保たれている。
それこそ天秤にかければ釣り合うものだと、僕は漠然とそう思っていた。
実際、これまでの僕の人生はそういうものだったから。
だからこの時の僕はまだ気づいていなかった。
この天秤そのものを信用したことが間違いだったことに。
そう、天秤にはいつでもいかさまが仕掛けられているものなのだ。
~ 第8章 完 ~
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