いかさま天秤―③
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夕方になってから、僕はあやめさんのビルを後にした。
そのままタクシーを拾って、まっすぐマンションへと帰る。
と、マンションのロビーでエレインが待っていた。
「ハイ、一茶!」
彼女はあいかわらず美しかった。
すらりとした体型、細くて長い手足、着ているミニのワンピースは彼女のスタイルを引き立てている、そしてすばらしく整った小さな顔。
色は見えなくとも彼女は圧倒的だった。
ソファに座っているだけで、ファッション雑誌の一ページを見ているようだった。
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「やあ、エレイン。どうしたの?」
「今日退院だって聞いたからさ、様子を見に来たの」
ちなみにこの頃には、彼女と普通に話せるようになっていた。
僕にしてはかなりの進歩なのだ。
「元気だよ。さっきまであやめさんのところにいたんだ」
「知ってる。あとアンタのメダカにエサやっといた」
「え? キミが?」
「そうよ。入院中、サカナの世話してたのよ」
僕は泣きそうになってしまった。
実はメダカのことはあきらめていたのだ。
それなのに、まさかあのエレインが世話してたなんて……
自分の世話もロクに出来ないあのエレインが……
僕のメダカの世話をしてくれてたなんて……
「その、本当にありがとう!」
「いいって。簡単だし」
それにしてもこうしてエレインと二人で話すのはやっぱり緊張した。
正直僕の外見と彼女の外見には差がありすぎる。
いつもつい隠れたくなってしまう感じなのだ。
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「それよりマックから聞いたよ。プロポーズされたんだってね」
「まあね」
「おめでとう」
「うーん、じつはその事であんたに相談があんのよね」
エレインは困ったように腕を組み、モデル立ちで僕を見下ろした。
なんかイヤな予感がした。
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「ねぇ、あたしの結婚を占ってよ」
それはほとんど命令口調だった。
でも僕は気がすすまなかった。
マックの時で懲りていたから。それに二人の将来を決めてしまう気がしたから。そしてなにより、同じ内容をマックで占っているので結果が見えていたからだ。
「あんまり気がすすまないなぁ」
「どうしてよ?」
「なんとなくだよ。そういうのはほら、大事なことなんだし、やめといた方がいいんじゃないかなぁ、と」
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「あのねぇ、結婚前だから知りたいの。してからじゃ遅いでしょ?」
とエレイン。まぁそれももっともだ。
「でもさ、もしだよ、もし占いで悪い結果が出たら?」
「手相占いでいいのよ。当たらない方のヤツ」
それはそれでなんとなくムカっとくる。
「一茶がむかし駅でやってたやつよ。参考にするだけだからさ、ね!」
そう言ってエレインは完璧な笑顔を浮かべる。
そう、前にも言ったが、僕は押しの強い人に弱い。
「はぁぁ。わかったよ」
僕はロビーのソファに座った。隣にエレインも座った。
エレインに恋愛感情はなかったけれど、やっぱりドキドキした。
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「どうすればいいの?」とエレイン。
僕の方は包帯男だった。手も足も首も、ちょっと関節が動くだけなのだ。
「手のひらを僕に向けて、シワが見えるように」
「これで見える?」
エレインは僕の目の前に手のひらを二枚、並べて見せた。
指が白くて長くてまっすぐだ。こんなところまで美しく見えるのはなぜだろう?
同じ人間のはずなのに、根本がまるで違う気がする。
「どぉ?」
エレインが顔を寄せてきて僕はビクッとする。
なんなんだこの綺麗な瞳の色は? まつげの長さは? 白い肌は?
とにかく『美人』という以外の形容が思いつかない。
「なによ?」
「いや、なんでもないよ」
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それから僕はエレインの手のひらに刻まれた道をたどった。
見えるのは不幸な幼少期から子供時代、混乱している十代後半。それから起伏のない穏やかな現在につながるが、これもあまり長くは続かない。
近い未来にはなにか大きな転換期が待っている。
この大きな転換期はマックとの結婚だろう。時期的にも一致している。
これをきっかけに彼女が不幸になるか幸せになるかは五分と五分。
つまりはよく分からないという事。
まぁ人の人生なんて大抵そんなものだ。
もっともその結果は僕が描いていたエレインのイメージから、ずいぶんとかけ離れていた。彼女はもっと箱入りのお嬢様だと思っていたから。
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「ねぇ、どうなの? なんか見えた?」
そうだった。結婚線を辿らないと。
「ちょっと待ってて」
僕はもう一度、結婚と恋愛、そして人生に関わる線を、慎重に読み解く。
そして再び先生の言葉を思い出す。
確かな観察と一瞬の洞察、
運命を読み解く知識と経験、
そして相手を思う優しさと正直さ、
それが占いを確かなものにする秘訣だと。
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やはり結果はマックの時と一緒だった。
この結婚はうまくいかない。
少なくとも今の年齢での結婚はうまくいかない。
うまくいくのは、三十代後半での結婚生活となっている。
離婚するのか再婚するのかまではわからないが。
「ダメなんだ?」
僕の答えを待たずにエレインが聞いた。
なんとなく分かっていたような口ぶりだった。
すでにあきらめているような。
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僕は迷った。
エレインに本当の事を言うべきだろうか?
これから二人で幸せになろうとしているのに?
エレインが占いをまじめにとるタイプなら、マックのプロポーズを断るだろう。そうしたらマックはきっと悲しむだろう。僕を恨むかもしれない。
でも占いは占いに過ぎない。
運命などではないのだ。
エレインはそれを理解してくれるだろうか?
だからイヤだったんだ。こんな占いをするのは。
~ つづく ~
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