生け贄の山羊―③
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「一茶さん、あなたいったい何をはじめるつもりなの?」
「まぁ任せてください。まずは二人で可能性の高い二百社をリストアップします」
僕とあやめさんは絞り込みを始めた。
それは占いではなかった。ただの分析作業。
業界を絞り込み、この不況下にあってこそ業績を伸ばしそうな会社を淡々とリストアップする。
「まずはこんなところでしょう。ちょうど二百社になりました」
「それでも二百もあるのよ。そんなに連続して占ったらどんな影響がでるか、あなたも分かるでしょう?」
「うまくいけば、十回ほどで見つけることができますよ」と僕。
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もちろんあやめさんはびっくりしていた。
だがそれは可能なのだ。考えてみれば単純なこと。
「まずこの二百社の名前を二枚の紙に百社ずつ書き出します」
僕とあやめさんでA4の紙にせっせと会社名に書き写してゆく。
僕の紙はA。あやめさんの紙はB。このタイトルも書いておく。
「さて質問はこうです。このAの紙の中に一週間以内に株価が倍になる銘柄が入っているか?」
そっと目を閉じ、質問を心に貼り付ける。
パン!
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『はい○はい○はい』
Aのリストの中に答えが入っている。
これは幸先が良かった。AにもBにも入っていなかったら、また抽出をやり直さなければならなかったからだ。
「このAのリストの中に答えがあります。これでBの百社は切り捨てられました」
あやめさんは少しポカンとしていたが、すぐに僕が何をしているのかを理解した。
僕はBのリストを捨て、今度はAのリストを同じように二枚の紙に、今度は五十社ずつに分けて書き出した。
そして同じように質問し、占う。
『このAの紙の中に一週間以内に株価が倍になる銘柄が入っているか?』
パン!
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『いいえ×いいえ×いいえ』
今度の答えはノー。つまりBの中に入っているということ。
今度はAの紙を捨て、Bの五十社の名前をさらに二つの紙に分けて書き出す。
二百から百。百から五十で、次は二十五。
という具合に半分ずつ減らしていく。
これを六回繰り返したところで候補は三社に絞られた。
あと二回占えば最後の一社が判明する。
パン!
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「こんなやり方があったなんてねぇ。一茶さん、あなたすごいわ」
とあやめさん。
「ズルしてる気もしますけどね」
最後に残った一社の名前は、A4の紙の真ん中にポツリと記されて残っていた。
占いは終わった。
僕はソファにもたれかかった。
「体の方はどう?」
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僕の体に変化はあったのか?
なければハッピーエンドだったろう。
だが世の中そう甘くはなかった。
何かを得るためには必ず代償が必要になる。
人知を超えた知識を得るには『スケープゴート』、つまり生け贄の山羊が必要だ。
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今回僕が失ったのは色だった。
それは占いの途中から気づいていた。
占うたびに視界から色彩が消えていったのだ。
黄色・青・緑・紫・茶色……
目に映る光景はカラー写真から白黒写真へ変化していった。
そして最後までかろうじて残ったのは赤。
モノクロの中で赤だけが滲んで見えていた。
それでも失明するよりはずっと良かった。
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「一茶さん、まさか、耳が聞こえなくなったの?」
「え? いえ。そうじゃありません」
「じゃあ、なんともないのね?」
僕は少し迷った。嘘をつくべきかどうか。
「残念ながらそうでもないんです。その、色が見えなくなりました。今は白黒写真みたいな感じになってて、でも赤だけは見えるんです。あやめさんの口紅とか、絨毯の模様とか、テーブルのバラとか」
あやめさんはハッとして口元を押さえた。
唇の赤が隠れる。
そしてあやめさんの目からポロポロと涙がこぼれ落ちるのが見えた。
「でもいいんです。僕は納得してるんです」
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それからあやめさんはマックを呼び出した。
マックはとても緊張した様子で奥歯をかみしめていた。
「あなたの質問の答えはイエスよ。たしかに倍になる銘柄があります」
「ありがとうございました」
マックは深々と頭を下げた。
それからそのまま部屋を出ていこうとした。
「マックさん、ちょっと待って。あなたはこの情報だけでどうするつもりなの?」
「少なくともこの中に正解があることが分かりました。あとはスタッフと一緒に正解を見つけるつもりです」
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「では、今回だけ、本当に今回の一度だけ、あなたに正解を教えます」
「えっ?」
マックは驚いていた。という言い方では足りない。
驚愕していた。
あやめさんは折り畳んだA4の紙をマックに差し出した。
マックはゆっくりとその紙を受け取り、中を開いて見た。
もちろんそこには僕の占った会社の名前が書いてある。
「いったいどうして……どうやって……」
マックはその先が続けられなかった。
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「理由は話せません。どんな理由もね」
とあやめさん。
「この答えを信じるかどうかはあなた次第。ただ一つだけ注意しておくわ。損失を取り返すのはかまわないけれど、利益を出そうとは思わないこと。約束してくれる?」
マックは手の中の紙をもう一度見た。
「はい。約束します」
「あなた自身もよ。無理はしないでね」
あやめさんはにっこりと微笑んでそう言った。
マックは深々と頭を下げ、それから部屋を出ていった。
~ つづく ~
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