生け贄の山羊―②

   👆


「ほんとうにいいの?」とあやめさん。


「はい」と僕。


 それから机の上の封筒を取り上げ、中の紙を抜き出した。


   👆


『この一週間以内に株価が二倍以上になる銘柄はありますか?』


   👆


 僕はその質問を読み、それからあやめさんに渡した。


「たしかに二択の質問だけど。でも、これは無意味な質問ね」


 そう。この質問にイエス・ノーを答えてもなんの解決にもならない。

 それは明らかだ。

 だがそれだけに、この質問はマックの混乱と苦悩を物語っていた。


「かといって、すべての銘柄で上がる上がらないを占うわけにはいかないし」


 あやめさんはそう言って、そっとため息をついた。


   👆


「もう一度質問を練り直してもらった方がいいわね」

 あやめさんはそう言った。


 だが不意に僕の心に閃くものがあった。



 それはもちろん無謀だろう。

 だが、それ以外の方法はないのだろうか?


 いや、ある。

 一つだけ。


   👆


「あやめさん、それで大丈夫です。僕はやります」

「それはダメよ。株にどれだけの銘柄があるか分からないの?」


「もちろん分かってます。僕はあなたとずっと新聞を見てきましたから」

「だったら分かるでしょう?」


 あやめさんは咎めるように僕を見た。


 それでも僕の決心は変わらなかった。


 というのも僕には一つの作戦があったからだ。

 使


   👆


「これまであまり、あの能力のことを話したことがなかったわね。わたくしはこれまで、約二か月に一度のペースでこの占いをしてきました。一年に六回。これを五十年続けてきたから、だいたいこれまでで三百回」


 あやめさんは自分の手のひらを広げて見つめた。

 もちろん、そこにはもう聖痕はない。


 それは今、僕の手の中にある。


   👆


「その間にわたくしの鼻は匂いが嗅げなくなって、舌もだめになって味も分からなくなってしまったわ。それに、皮膚の感覚もだいぶおかしくなってきているし、色の見わけも弱いし、視力だってずいぶん弱ってしまったの」


 僕はあやめさんの言葉を注意深く聞いた。

 それはまさに、これから僕の身に起こることだから。


「わたくしの考えでは、充分に間隔をあけてきたから、これだけの数の占いをこなせたと思うのよ。だからよく考えてほしいの。全部の銘柄を占ったりしたら、最初に見つけられればそれでいいけど、もし見つからなかったら、たった一日でほとんどの感覚を失うかもしれないのよ」


   👆


 マックのためにそこまでする必要があるのか? こう考えるのは当然だろう。


 マックとはそんなに親しいわけではない。家族ではないし、友人というほどでもない。弟のように感じることもあるけど、実際は少し仲がいいという程度だろう。


 それでも僕はほっとけなかった。


 なぜか?


 


   👆

 

 ただそれだけの理由。

 でも僕にとってそれは安い理由ではない。

 僕にはもう守るべきものができてしまっていたから。


   👆


 僕は静かに目を閉じる。

 最初の質問を心に留める。


『この一週間以内に株価が二倍以上になる銘柄はありますか?』


 パン!

 僕は両手のひらを打ちあわせた。


   👆


 かつてのように情報が頭の中をかけ巡り、耐えがたいほどに高まって白く爆発し、やがて白い闇の中から答えが浮かび上がった。


『はい○はい○はい』


 最初の質問の答えはイエス。

 どうやら二倍になるものがあるらしい。

 あとは株式欄からその銘柄を捜し出すだけだ。


   👆


「一茶さん! あなた何をしているの!」

「二倍以上の株価になるものが確かにあります。これから可能性の高いものを絞り出して占いをはじめます」


「無茶だわ」

「あやめさんが協力してくれれば、きっとできますよ」


 あやめさんはもう泣きそうになっていた。


 しかし僕には自信と勝算があった。



 ~ つづく ~

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