生け贄の山羊―②
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「ほんとうにいいの?」とあやめさん。
「はい」と僕。
それから机の上の封筒を取り上げ、中の紙を抜き出した。
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『この一週間以内に株価が二倍以上になる銘柄はありますか?』
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僕はその質問を読み、それからあやめさんに渡した。
「たしかに二択の質問だけど。でも、これは無意味な質問ね」
そう。この質問にイエス・ノーを答えてもなんの解決にもならない。
それは明らかだ。
だがそれだけに、この質問はマックの混乱と苦悩を物語っていた。
「かといって、すべての銘柄で上がる上がらないを占うわけにはいかないし」
あやめさんはそう言って、そっとため息をついた。
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「もう一度質問を練り直してもらった方がいいわね」
あやめさんはそう言った。
だが不意に僕の心に閃くものがあった。
『すべての銘柄で上がる上がらないを占うわけにはいかない』
それはもちろん無謀だろう。
だが、それ以外の方法はないのだろうか?
いや、ある。
一つだけ。
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「あやめさん、それで大丈夫です。僕はやります」
「それはダメよ。株にどれだけの銘柄があるか分からないの?」
「もちろん分かってます。僕はあなたとずっと新聞を見てきましたから」
「だったら分かるでしょう?」
あやめさんは咎めるように僕を見た。
それでも僕の決心は変わらなかった。
というのも僕には一つの作戦があったからだ。
二択でしか正解を選べない、この能力のもう一つの使い方。
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「これまであまり、あの能力のことを話したことがなかったわね。わたくしはこれまで、約二か月に一度のペースでこの占いをしてきました。一年に六回。これを五十年続けてきたから、だいたいこれまでで三百回」
あやめさんは自分の手のひらを広げて見つめた。
もちろん、そこにはもう聖痕はない。
それは今、僕の手の中にある。
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「その間にわたくしの鼻は匂いが嗅げなくなって、舌もだめになって味も分からなくなってしまったわ。それに、皮膚の感覚もだいぶおかしくなってきているし、色の見わけも弱いし、視力だってずいぶん弱ってしまったの」
僕はあやめさんの言葉を注意深く聞いた。
それはまさに、これから僕の身に起こることだから。
「わたくしの考えでは、充分に間隔をあけてきたから、これだけの数の占いをこなせたと思うのよ。だからよく考えてほしいの。全部の銘柄を占ったりしたら、最初に見つけられればそれでいいけど、もし見つからなかったら、たった一日でほとんどの感覚を失うかもしれないのよ」
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マックのためにそこまでする必要があるのか? こう考えるのは当然だろう。
マックとはそんなに親しいわけではない。家族ではないし、友人というほどでもない。弟のように感じることもあるけど、実際は少し仲がいいという程度だろう。
それでも僕はほっとけなかった。
なぜか?
僕だけがマックを助けられるからだ。
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ただそれだけの理由。
でも僕にとってそれは安い理由ではない。
僕にはもう守るべきものができてしまっていたから。
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僕は静かに目を閉じる。
最初の質問を心に留める。
『この一週間以内に株価が二倍以上になる銘柄はありますか?』
パン!
僕は両手のひらを打ちあわせた。
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かつてのように情報が頭の中をかけ巡り、耐えがたいほどに高まって白く爆発し、やがて白い闇の中から答えが浮かび上がった。
『はい○はい○はい』
最初の質問の答えはイエス。
どうやら二倍になるものがあるらしい。
あとは株式欄からその銘柄を捜し出すだけだ。
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「一茶さん! あなた何をしているの!」
「二倍以上の株価になるものが確かにあります。これから可能性の高いものを絞り出して占いをはじめます」
「無茶だわ」
「あやめさんが協力してくれれば、きっとできますよ」
あやめさんはもう泣きそうになっていた。
しかし僕には自信と勝算があった。
~ つづく ~
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