生け贄の山羊―④
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それから三日後のこと。
僕の占ったあの会社が、太陽電池に関する革新的な特許を取得したことが報道された。それをきっかけにその小さな会社は大企業との提携を次々と成功させ、一気に巨大企業へと変貌した。
そして約束の一週間後、その会社の株価は三倍にまで跳ね上がっていた。
僕とあやめさんはそれを新聞で読み、二人だけで喜びを分かちあった。
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その日の夜、僕は久しぶりにマックの呼び出しで居酒屋へ行った。
今回指定されたのはいつもの居酒屋ではなく、かなり高級なところ。
和室で畳敷きで、ライトアップされた庭が見える別世界の居酒屋だった。
というか、ここを居酒屋と呼んでいいのか分からない。
こういうところは僕のこれまでの人生には無縁だったから。
とにかく僕が着いた時には、机の上いっぱいに料理が並んでいた。
それもずいぶんと手の込んだ料理ばかり。見た目が綺麗すぎて、味の想像がサッパリできない感じの料理。でも口にするとどれもびっくりするほど美味しかった。
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「うまくいったみたいだね」と僕。
「はい。あやめ会長が会社を救ってくれたんです」
「みたいだね。とにかく良かったよ」
「あと一茶、お前……じゃなくてあなたにも感謝してます」
「そう? 僕は特になにもしてないけどね、執事だからさ」
マックは僕のことを探るようにじっと見る。
たぶん何かしらは気付いているだろう。
だがそれを口にすることはなく、フッと微笑んでビールを注いでくれた。
そう、口にしない方がいいこともある。
マックもそれぐらいはわきまえているのだろう。
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この夜、マックからはすっかり緊張が消えていた。
いつもの生意気な笑顔が戻っていた。
うん。こっちのほうがずっといい。
それから僕たちはビールを注文し、飲んで飲んで食べて食べた!
マックは一口目のビールから酔っぱらい、やたらと僕にじゃれついてきたが、まぁとにかく嬉しそうだった。
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僕は僕の世界から色を失った。
正直それはとても残念だ。
でも後悔はなかった。
代わりに僕は新しい生活を手に入れたし、友達と呼べそうな人もできた。
おばあちゃんもできたし、新しい家族もできた。
これで充分だ。
これでよしとしなければ。
で、ビールをお代わりした。
その夜は僕も楽しく酔った。
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「そういえば一茶さ。たしか占いができるんだよね?」
マックはコップを持った手の人差し指を僕に向けた。
人を指さすな! これは心の声。
「ああ。もちろんできるよ。手相占いならね」
「ちょっと俺のこと占ってくれないっスか?」
「一回五千円だな。これでもプロだからね」
「オッケー、けっこう安いもんなんだな」
マックは財布から五千円札を取り出して、僕に渡した。
実はちょっと吹っ掛けたつもりだったんだけど、まぁマックにとっては小銭なんだろう。
そういえば、手相占いをするのもずいぶん久しぶりだ。
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「で、何を占ってほしいの?」
「エレインのことっス。最近ぜんぜん会ってなくて、もうほとんど別れちゃってるんスけど、僕はエレインとうまくいくんでしょーか?」
「つまり恋愛の悩みだね」
僕はマックの手を取り、手のひらに刻まれた皺を見つめる。
その道を過去から未来へとゆっくりとたどってゆく。
マックの運命線と生命線は実に素直なカーブを描いている。
生まれてからこれまで、大きな苦労とか苦難の
まぁこの男らしい。感情も豊かで素直。
財運ももちろんバッチリいい線を描いている。
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(……聞きたいのは恋愛と結婚だったな?)
マックの手の平を掴み、ライトが当たる角度にひねり、結婚線をさがす。
(……エレインとの関係がうまくいくか?……)
うーん、残念ながら、この線から察するに……あまり良くない。
(たぶんエレインとの恋はうまくいかないな。なんて伝えようか……)
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その時、不意に感覚が暴走した。
マックとエレインの映像が頭の中をかけ巡り、あっというまに白く爆発して、答えが浮かび上がった。
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『いいえ×いいえ×いいえ』
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手を合わせてもいないのに妙だった。
でもあまり気にとめなかった。
たぶん酔っていたから。
まぁどちらにしても結果は見えてしまった。
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「正直に話すと、残念ながら、あまりうまくいかないみたいだね。君にはエレイン以上に気になることがあるせいだね。だからエレインのことを一番に考えられない。たぶんエレインはそのことに上手く向き合えないと思うよ」
まぁこういう言い方をする。
「はぁ、ダメなのかぁ」
マックはすっかりがっかりしてしまった。
結構占いを気にするタイプだったのか、それは少し意外だった。
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それから僕らは店を出た。
あたりはすっかり暗くなっていた。
こういう状況ではモノクロの視界はさらに暗く見えていた。
「一茶、今日は楽しかった。いろいろありがとう」
「こちらこそ、ごちそうさま」
マックと交差点の所まで歩き、そこで別れた。
ふらふらと遠ざかってゆくマックの後ろ姿をしばらく眺めた。
あの占いはたぶん当たるのだろう。
そう思うと、少しマックがかわいそうだった。
当たる占いなんて残酷なだけだ。
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それから僕は自分のマンションの方へと、横断歩道を渡った。
信号をちらりとみた。とりあえず目に見える赤い色はついていない。
それが間違いだった。
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僕の最後の占いは、僕から赤の色を奪っていた。
僕の右から猛然とワゴン車が迫っていた。
槍のような真っ白い二本の光が、ちらりと横を見た僕の体を刺し貫いた。
クラクションが響いたが、遅かった。
僕の体はまともに車にぶつかり、空中へ投げ出され、くるくるときりもみして、最後に冷たいアスファルトにたたきつけられた。
痛いなんてもんじゃなかった。
僕は流れる自分のモノクロの血を見ながら、意識を失った。
~ 第7章 完 ~
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