獅子奮迅の勢―③
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というわけで、僕は再び家事手伝いの身分になった。
執事と名はついても中身はやっぱり家事手伝い。
でも僕としては破格の条件だった。
高層マンションの部屋はそのまま。月給は三十万とかなり下がったが、それでもフリーター時代の倍。しかも試用期間無し。土日は休みの完全週休二日制で、有給まである。もちろん社会保険も完備だ!
というわけで、僕は翌日もあやめさんの部屋に通うことになったのだった。
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僕は毎朝紅茶を淹れるようになった。
それから掃除と洗濯。アイロンがけも。
僕はマイエプロンを持参し本格的に取り組んだ。
ついでにお昼ごはんも作るようになった。
和食・洋食・中華、あやめさんは味がよく分からないらしかったが、特に注文をつけるでもなく、淡々と僕の料理を食べてくれた。
美味しいと言ってくれることはなかったけれど、あやめさんの事情を考えれば仕方のないことだ。
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時にはエレインも一緒に昼食を食べるようになった。
だがたいていは残した。まぁ彼女の口には合わなかっただろう。僕の料理はちっとも高級じゃなかったから。
それでも一緒に食事をするうちに、だんだんと残す量が減り、やがて完食するようになり、しまいにはおかわりするようになった。
ちなみに意外にも彼女は和食が好みだった。
だし巻き卵とか、焼きなすとか、豚汁とか。
そういうシンプルな献立はよくお代わりするようになった。
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ほかにも嬉しい変化があった。
あやめさんが洗濯や掃除を手伝ってくれるようになり、しぶしぶながらエレインも加わるようになり、僕たちはなんだかほんとうの家族のようになっていったのだ。
僕はとても幸せだった。
僕に新しい家族ができるとは、夢にも思っていなかったから。
まぁ血はつながっていないのだが、食卓や生活を共にするというのは『家族』ならではのことだと思うのだ。
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そうして一ヶ月が過ぎる頃には、僕は晩ごはんまで作るようになっていた。
あやめさんはそこまですることはない、と言ってくれたのだが、僕にしても帰って一人でご飯を食べるよりも、あやめさんと一緒にご飯を食べる方が嬉しかった。
たぶん死んだおばあちゃんの影響なのだろうが、僕はおばあちゃんという人種が好きなのだろう。
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それからこんな事があった。
それは八月の事だった。
僕は給料日で、すき焼き用の高級牛肉を買い込んだ。最初はあやめさんと二人の予定だったのだが、エレインと、珍しくマックも一緒に夕食をとることになり、ちょっとしたホームパーティーのようになった。
ちなみに料理が出来るのは僕だけだったので、自前のホットプレートを持ち出し、三人を待たせて、せっせとすき焼きを作った。
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僕とマックはビール、エレインはワイン、あやめさんはシャンパンを飲みながら、グツグツと煮えるすき焼きをみんなで食べた。
国産のいい肉を使っていたし、日本酒もいっぱい入れたから、かなりうまい味になった。割りしたはもちろん僕の秘伝のレシピだ。ちょっと甘い味付けの。
ちなみに卵も最高級でそろえた。
エレインもマックも喜んで食べてくれた。
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その時、突然あやめさんが箸を置いて、
「わたくしはね、もう味はよく分からないのだけど、今日のすき焼きはとてもおいしいわ」
僕はその言葉を聞いて泣きそうになってしまった。
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その翌日の朝。
あやめさんは僕の淹れた紅茶の香りを胸一杯に吸い込んでこう言った。
「わたくしはね、あなたが、舌が痺れたと言って、占いをやめたいと言った時ね、正直理解できなかったわ」
僕は紅茶の手を止め、あやめさんを見た。
「でもね、今は理解できます。あなたにとっては、とても大事なことだったのよね」
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僕は語るべき言葉を探したが、何もでてこなかった。
いつものように。
「それに、この感覚が、わたくしにとって大事なものだったことを思い出しました。わたくしは、いつの間にかそういうことまで忘れていたのね。でもね、あなたがそれを思い出させてくれた。一茶さん、ありがとう」
「僕はあやめさんがそう言ってくれただけで、とても嬉しいです」
そう。僕は本当にうれしかった。
僕は初めてあやめさんの役に立てた気がした。
ほんのすこしだけど恩返しができた気がした。
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そんな生活はそれから半年ばかり続いた。
あやめさんは味覚が戻ってきたのか、僕の作る料理を誉めてくれるようになり、僕の料理を手伝ってくれるようになった。
僕たちは朝昼夜、いつも一緒にご飯を食べた。
それから新聞読みの仕事も、いつも通り続けた。
それはあやめさんの長年の習慣だったし、僕にとってはいい勉強になったからだ。
それが執事の仕事かどうかは大いに疑問だったけど。
だがこの風のない穏やかな凪の日々は、やがて訪れる嵐の前触れでしかなかった。
~ つづく ~
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