獅子奮迅の勢―②

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 といういきさつから、同日の夕刻。


 僕と光造さんはだだっ広い会議室の中で二人、巨大な机をはさんで座っていた。


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「まず、率直にお聞きしますが、あなたはこのクロサキカンパニーに入ることを望んでいますか?」


 光造さんはかなり威圧感のある人だが、言葉づかいはとても丁寧だった。

 だから僕はあまり緊張しないで、素直な気持ちで話すことが出来た。


「働かせてもらえるならどこでも働きたいです。でも正直に言うと、僕はこの会社には場違いだと思っています」

「ほう。それはまたどうして?」


「僕にはそれだけの能力がないと思うからです。パソコンはできないし、英語もしゃべれません、運転免許もないです。もちろん株だとか経済のことはさっぱりわかりません」

「なるほど」


 光造さんは腕を組み、ギギギと背もたれによりかかった。


「でも、あなたは会長が見込んだ人です。私はそこに興味があるんですよ」


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「あの、僕がここにいる理由は知らないんですか?」

「ええ。もちろん」


「じゃあ、あやめさんがやっていた仕事のことも?」

「ええ。会長は秘密の多い方ですからね。ですが、私は会長の秘密に踏み込むつもりはありません。私たちの会社はそれでうまくいっているんですから、それ以上望むこともないんです。つまりこのバランスを壊したくないんですよ」


 光造さんは自信たっぷりにそう言って笑った。

 つまり、この件についてはもうしゃべってくれるな、ということだろう。




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「それでは、まずあなたが得意なことを教えてください」

 光造さんはさらりと話題を変えた。


「そうですね。レジ打ちは得意です。バーコード対応でなくても早く打てます」

 光造さんはあごの先に指を当てて考え込んでしまった。

 まぁこの会社では全く必要のない技能だろう。


「品出しとか、商品管理も得意な方です」


 ますます考え込んでいる。

 それはまぁそうだろう。


 だが弾はまだある。

 フリーター歴も長いが、かなりの職種を転々としてきたのだ。


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「道路工事の車両誘導、ウェイターもできます。エアコンの取り付けとか、モルタル塗りとか、あとラッピングも出来ます。あとはですね……」


 そんな調子で僕は経験してきたバイトの洗いざらいを喋った。

 だが光造さんはますますうなだれていくのだった。


「あとプールの監視員もできます」


 そして最後の弾丸を撃ち終えたときも、やっぱり光造さんは無反応だった。


 終わった。

 まぁ最初から分かっていたけど。


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「そんなところです。あとはまぁ家事全般なら得意ですね」

 なんと、そこで光造さんの反応があった。


「家事全般! エクセレント! すばらしい!」

「そうですか? 掃除とか、洗濯とか、そんなことですよ?」


「料理は? 料理もできるのかね?」

「家庭料理なら。ハンバーグとか唐揚げとかそんなやつですよ?」


「ブリリアント! 君を正式に採用するよ」

「え? でも、いったいなにをするんです?」


「君は、これからあやめ会長の執事になるんだよ」


 これもまた思いがけない展開だった。


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、ですか?」


 まぁ執事という仕事がこの日本に存在するとは知らなかった。家政婦さんとかハウスキーパーなら仕事としてまだ理解も出来るが、執事となるとどんな仕事をするのか想像もつかない。僕につとまるのかも全く判断できなかった。


「そう、執事だよ。通いでかまわないよ。勤務時間中、会長の身の回りのことを手伝ってくれればいい。どうだね?」


 光造さんの求めている執事像がどんなものかは分からないが、家事の延長という程度ならなんとかなりそうな気がした。


「はぁ、僕はそれでかまいませんが」


「では決まりだ。待遇の方はわたしに任せてくれたまえ。入社の手続きとか、細かいことは総務の『日向ヒュウガ』という男に聞いてくれ。こちらから話は通しておくから」


「わかりました」

「では、これからよろしく頼むよ」


 光造さんの差し出した手に釣られて僕も手を差し出す。


「はい。がんばります」


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 それから僕は総務部というところにいき、日向さんに会って話をきいた。


 日向さんというのはたぶん僕と同じくらいの歳。

 だけど僕よりはるかに、見た目も中身もしっかりとした人だった。


「そうですか、あなたが会長の」

「ええ、なんだか気恥ずかしいんですが」


「いえいえ、あの会長が認める人なんて、そうめったにいないんですよ」

「そうなんですか?」


「ええ。きっとあなたには特別な何かがあるんですよ。自信持ってください」


 と日向さんに言われたが、やっぱり自信なんて持てなかった。


 ~ つづく ~

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