羊をかぞえる―③

  👆


「先生、今頃どうしてんのかな?」


 懐かしくてそんなことを思いだした。

 その時だった……


 ドンドン


 ドアをノックする音が響いた。それだけで僕の心臓はドキリと跳ね上がった。

 このドアがノックされるのは、ここに引っ越してからというもの、実は初めての出来事だったのだ。まぁ放送局の集金係と新聞の勧誘はのぞいてだが。


 それにしても、いったい誰だろう?


   👆


 僕はまだパンツにTシャツという姿だった。

 とりあえず急いでジーンズを履き、「はーい」と声をかけつつ時間を稼ぎ、可能な限りの素早さでドアを開いた。


「あー、あなた小林さんですか?」

「はい……そうですけど」


 そこにいたのは僕の全く知らない人だった。ビシッとスーツを着こなした、いかにもエリートサラリーマンという雰囲気。短い髪をビシッと立て、靴はピカッと輝いていた。


 でもまだ若い。大学を出たばかりというような雰囲気だ。


 あえて難点を上げるとすれば、ずんぐりむっくりの体型か。でもそれだけだ。顔だって、丸くさえなければかなりのハンサムだ。下まつげが長く、外人のような顔立ちをしている。


 でもいったい誰だろう?


   👆


「ども。自分はクロサキカンパニーで営業部長をしている杉村マックといいます」


 そこでピカッと歯が輝いた。あまりに不自然に白い。それだけで金持ち。それだけでうさんくさい雰囲気。でも不思議とこの男は悪い奴には見えなかった。


「昨日、うちの会長とお会いになりましたよね? それで、会社の方からあなたを迎えにきたんですよ」


 再びピカッと白い歯が輝いた。口角をきっちりとあげた完璧なスマイル。実に外人らしい笑い方だ。頭も良さそうだし、体格も立派だし、実にリッチそう。


 いわゆるをくわえて生まれてきたタイプの人間。


   👆


「あー、ちょっと上がってもいいス、いいですか?」

「え? ああ、どうぞ」


 僕が後ろに下がると、マックは靴を脱いで、体を横にずらすようにして部屋の中に入ってきた。それからぐるりと僕の部屋を眺め回した。だがそれも一瞬で終わる。


 何しろ部屋は狭いし、特に見るべき物もない。


「あの、よかったらどうぞ」

 イスを勧めてから、僕はマックの向かいに座った。


「いやぁ、なんだか新鮮ですね。こういう狭い部屋、これが四畳半ってやつ?」


 マックは丁寧語で話そうとしているけど、ところどころでタメ口になっていた。

 こういうタイプとはとても話しづらい。


 でも、たぶんマックも同じだろう。僕は年上ではあったけれど、丁寧語で話さなくちゃいけないようなタイプじゃないから。


   👆


「あの、それでどういうご用件でしょうか?」

 と僕。なんとなく気おくれてしてしまう。


「その前に個人的にいくつか聞きたいことがありまして、いいですか? ちょっと聞いても?」

「はぁ。なんでしょう?」


 するとマックはグイと身を乗り出した。僕はそれだけでなんだか逃げたくなってしまった。年下の若造相手だというのに。


「小林さんは、どうやってアヤメ会長と知り合ったんです?」

「えっと、昨日の夜『エレイン』さんて人が僕の前に現れて、それで突然アヤメさんのビルに連れていかれたんです」


「それ以前にあやめ会長に会ったことは?」

「いえ。全くないです。少なくとも僕の記憶にはないですね」


   👆


「あなたさ、クロサキカンパニーがどういう会社なのかは理解してる?」

「エレインさんからは、なにか投資関係の会社だと聞きましたけど」


「やっぱり!」

 マックはがっくりと肩を落とした。

 そんなことだと思った、という感じ。


「つまり、あなたはなにも分かっていない」

「あの、そうです、すみません」


 マックのようにまじめに働いている社員がいるのに、僕みたいな人間が急に会社に入るといわれれば、それはいい気がしないだろう。


 僕は二つ返事であやめさんの申し出を引き受けてしまったことを、急に恥ずかしいと思った。


   👆


「いやいや、謝ることはないんですよ。だってこれはあやめ会長の決めたことだから。それより、これから話すことを、ココだけの話にして聞いてほしいんスけど」

「はぁ。ちょっと意味がわかりませんが……」


 何のことやら分からないが、とかにく僕はうなずいた。


『話したい相手には好きなだけしゃべらせなさい』

 これは先生から教わったテクニックの一つだった。

 だから僕はひとつ背筋を伸ばした。


「……とにかく、まずは話してみてください」


 僕がそういうとマックはコクリとうなずいた。


   👆


「その、うちの会社は世間的にはあんまり有名じゃないと思う。でも、この業界の中では、その名を知らない人間はいない、伝説的な会社なんですよ。ちなみに自分の父が社長をしてます」

「なるほど」


 それ以外に答えようがなかった。投資の業界なんて、僕の住む世界とは全く違う世界だったからだ。


「クロサキカンパニーはこの業界で負け知らずです。大きく儲けなくても、まず損失を出しません。その勝率はおそらく80%以上。はっきり言って、これは異常な数字です」

「そうなんですか?」


 僕は話が分からなくてなんだか小さくなってきた。

 彼みたいなタイプ相手には全くペースがつかめないのだ。


 それに話題にもさっぱりついていけない。


   👆


「ええ! これは異常なんです。社内の人間もほとんど気づいていませんけどね。常識的にありえない数字なんですよ」


 それからマックは顔をこちらに近づけてきた。誰もいないというのに、ちょっとあたりを見回して今度はそっと囁いた。


「それで自分は、どうしてもその秘密を知りたいんですよ」

「それなら、あなたのお父さまに聞いたらどうですか?」


 するとマックはプヨッとした手を横に凪いだ。

「はっ! それじゃ意味ないでしょ。自分で秘密を解かないと無意味だ」

「はぁ。そういうものですか?」


「もちろん。俺はね、その秘密を解き明かしてもっとビックになりたいんですよ。で、俺はあんたにその秘密の鍵があると考えたんです。ねぇ、違いますか? そうなんでしょ? 二人にはなにか秘密があるんじゃないですか?」


   👆


「さぁ。そういわれても……」


 秘密なんかない。

 いや、そうでもないか。


 あやめさんとの共通点はある。

 あやめさんも僕も占い師だ。


 そしてなによりも昨日、彼女から引き継いだアザのこともある。

 でもそれをここで説明するのは違う気がした。


 だから僕はこう答える。


「……さっぱりわかりませんね」


   👆


「じゃあ、ズバリ聞くけど、あなたにはどんな能力があるんですか?」


 つまり特技を聞いているわけだ。履歴書にもたしかにそういう欄がある。

 長所・資格・特技。いつも記入に困る欄だ。


「特にないですね」

「なんにも?」


「まぁあえて言うなら『占い』かな。一応プロだし」

「占い、占い……占いねぇ、そっか、占いですか」


 マックは僕の答えにすっかりあきれたようだった。

 急にさっきまでの真剣な態度がなくなって、どっかりとイスの背にもたれた。

 そして世間話でもする口調でこう聞いてきた。


「実際のところ、占いって、当たるんすか?」


   👆


「さぁ、どうでしょうね。結果を教えにきてくれる人ってあまりいませんからね」

「そりゃそうだよなぁ。自分のことを占ったことはないの?」


「ありますよ」

 そう、僕はこれまで何度も自分のことを占ってきた。それこそが先生が僕に占いを教えてくれた最大の理由だったのだから。


 それにしても彼を相手に僕の占いの成果を発表することになるとは、夢にも思わなかった。


 さて、僕の占いのあたる確率は何割か?




 ~ つづく ~

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