羊をかぞえる―④
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「確率は、今のところ五分五分というところですね。占い師としては、僕はあまり上手な方じゃなかったですから」
「やっぱりそんなもんなんだ」
マックは僕の答えに安心したようだった。女性は別として、男性の占いに対する態度はそんなものだ。
「そういえば、占い関係で、会長と接点があったんじゃないですか? 過去にあやめ会長を占ったとか?」
「僕もそのことを考えてみたんですが、違いますね。僕は占った人のことはほとんど覚えていますから」
そう。これは事実。これは特技といえるかもしれない。
僕は過去に占ったお客のことは全部覚えている!
名前も相談内容も、占いの結果も全部!
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「なんだ、結局振り出しか……」
マックは露骨にがっかりしていた。
「お役に立てなかったみたいで、すみません」
なんだか申し訳ない気がしてきたのでなんとなく謝った。
「いや、いいんですよ。俺の勘違いだったんだから」
やっぱりマックは嫌な奴には思えなかった。年下のくせに偉そうなしゃべりかたをするのは気に障るけれど、性格が悪いわけではないのだ。
例えるならマックはやんちゃな弟みたいな感じだった。
弟がいたことはないけど、たぶんこんな感じだろうと思った。
「まぁ、いきなりこんなこと聞かれても、訳わかんないですよね。自分にしてもそうなんですよ。クロサキカンパニーは謎の多い企業ですからね」
そう言ってマックは立ち上がった。
僕もつられて立ち上がった。
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「さて、時間もなくなってきた。でもまぁ、あなたとこうして直接、話ができて良かったですよ。自分の目的は別として、あなたとはうまくやっていきたいと思ってるんです。これからもよろしく」
マックはさっと右手を出した。握手か。本当に外人みたいだ。
僕も手をさしだし、握手した。
実際にそうしてみると、それほど悪い気はしなかった。
さっきよりも少し仲良くなれた気がした。
「こちらこそよろしくおねがいします」
「ではまず、新居にご案内しますよ」
「え? 引っ越すの?」
また唐突な……この会社の人たちはみんなこうなのかな?
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「ええ。会社のそばにマンションを借りてあります」
「マンション?」
「ええ。ほかの手配も全部終わってますから、そのまま一緒に来てください」
そう言って、マックはすたすたと歩き、そのまま部屋を出て行こうとする。
僕はちょっと取り残されていた。
「さっ、早く。店が閉まっちゃいますよ」
「あ! ちょっと待って!」
僕はTシャツにジーンズ姿のまま、ボロのスニーカーをひっかけて、あわててマックの後を追った。
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それから例のリムジンで移動すること三十分あまり。
車は六本木にある高層マンションまで僕たちを運んだ。
いやはや、すごい眺めだった。
案内されたのは地上三十六階。出来たばかりの高層マンション。
間取りはたっぷり3LDK。
ベランダから下を見下ろすと、人の姿はもうアリのように小さかった。
なんだか悪い奴になっていくような気分だった。
「気に入っていただけました?」
とマック。マックはリヴィングのソファで足を組んで座っている。それが実にさまになっている。とにかく自然なのだ。
統一された美しい部屋と美しい家具。
僕にしてみれば、こういう空間が目の前にあるということが驚きだった。
でもここに僕の居場所はなかった。
ここは違う。
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「テレビ、ステレオ、ベッド、洗濯機、アイロン、マッサージチェア、全部一流どころでそろえてあります」
僕はマックのあとについて部屋を回る。
何インチかも分からない巨大なテレビ、やたらと未来的なスピーカー、ドラム式の洗濯機、ガラスのテーブルと革張りのソファーセット。
そのすべてが驚きだった。
そして最後にキッチン……
「うわっ! これ、システムキッチンッ!」
思わず叫んでしまった。
こんなに広くてきれいなキッチンは見たことがなかった。
ここが、ここ、こそが僕の居場所だった。
「なにか問題ありましたか?」
「いえ、もう、最高です」
僕は調理台の大理石に指を這わせ、ひんやりとした感触を楽しんでいた。
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部屋の見学を終えると、今度は銀座でショッピングだった。
マックの行きつけだという、アルマーニに行って、スーツを五着あつらえた。さらにワイシャツとネクタイと靴下を合わせ、革靴を四足、さらにベルトにカフス、最後には下着までも買ってもらってしまった。
そのすべてはマックの指示のもと、店員さんが次から次へと僕を飾り付け、セレクトしてくれた。
さすがに美容院には連れていかれなかったが、これは逆プリティーウーマン?
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そうこうしているうちに、時刻は夕方の六時。
マックはちらりと重そうな腕時計を見つめてからこう言った。
「今日はここまでです。疲れたでしょうから、後は帰って休んでください」
「はぁ。わかりました」
「それから、これ」
と出してきたのはブラックカード。噂には聞いていたが、見るのは初めてだ。
色だけかと思ったら厚みと重みが違う。それだけで手が震えそうになる。
「ほかに必要なものは、これで買ってください。では明日の九時に迎えに行きます」
「わかりました」
「では!」
マックは一つ頭を下げて走り出した。
走り出した先に手を振っているエレインの姿が見えた。
マックも手を振り返している。
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なるほどね。マックとエレインは恋人同士らしい。マックの方が多少背も低いし、体型も丸いが、なかなかの美男美女のカップルだ。
マックとエレインは自然と腕を組み、交差点を渡って公園の中へと消えていった。
やはり彼らには同じような階級の人間同士の方がしっくりくるのだろうな。
などと妙に納得したところで、僕も彼らにくるりと背を向け、リムジンに戻る。
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運転手さんが行き先を聞いてきたが、特に行き先らしいところが思いつかない。
ということで家に帰ることにした。
たぶん運転手さんもその方が気が楽だろうし。
とは言え途中の帰り道、僕は目にしたコンビニに少し寄ってもらった。
もらったブラックカードを出すのがなんだか恥ずかしくて、財布の中にあった最後の現金で、弁当とビールとたばこと小さな灰皿を買った。
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新しい部屋に戻ると、大画面のテレビでニュースを見て、ものすごく大きな浴槽に湯をためて風呂に入り、弁当を食べて、ビールを飲んで、ベランダで夜景を見ながらたばこを吸った。
それからやたら大きなベッドに寝そべり、小さいころからの癖で羊を数えながら眠った。
眠る寸前ちょっと羊を数える母の声を思い出した。
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その夜中。僕は月明かりで不意に目を覚ました。
月明かりって、こんなにまぶしかったかな?
よく思い出せない。ここが月に近いせいなのかもしれない。
カーテンを閉めて暗闇に身をひたす。
いろんなことがあった。
明日からはもっといろんなことが起こるだろう。
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「そういえば、僕はどんな仕事をするんだろう? 僕にできる仕事なんだろうか?」
まぁ心配してもどうにもならないのは分かっている。
どちらにしても明日になればはっきりするはずだ。
そして僕はたぶんしくじる。
これまでのように。いつものように。
こればかりは占うまでもなかった。
この部屋はすぐに出ることになるだろう。
だから、部屋はなるべく汚さないようにしないといけない。
僕はふたたび羊を数えながら眠った。
~ 第3章 完 ~
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