乙女あらわる―②




 僕は少し動揺しながら夜を過ごす。

 やってきたお客さんの悩みを聞き、彼・彼女らの手のひらを眺め、未来を占う。


 いったい僕の占いの精度はどのくらいなのだろう?


 僕には分からない。

 占いの結果を報告に来てくれる客はほとんどいないから。


 本当に今夜何かが起こるのだろうか?

 時計を見ると時刻は十一時。


 あと一時間で今夜は終わる。


   👆


 夜も更け、客の酔いもさらにまわり、僕は結構忙しく夜を過ごす。

 僕は注意深く客を観察する。

 この人が僕の運命を変える人なのだろうか?


 この酔ったOL? 酔ったサラリーマン? まさかこの酔った女子大生? 子連れの主婦? この酔ったおばさん?

 それにしても誰も彼もが見事に酔っぱらっている。


 いったいどんな人間が現れるんだろう?

 それともただ僕の占いがはずれるだけなのか?


   👆


 どれもはずれ。


 僕のところにやってくる客はいつもと変わらない。

 いつもと同じ、未来に不安を抱えた人たち。

 僕がやっていることも変わらない。悩みを聞き、手のひらを眺める。


 そして時刻は静かに十二時を回る。


 気づいてみると、今日はいつもより盛況だった。

 本業のアルバイトよりもいい金になった。


 つまり僕の占いは当たらなかったらしい。


   👆


 それからさらに二人を占った。終電の時刻が過ぎていった。

 通りかかる人たちもどこかへと消え去った。


 ちなみに僕なら大丈夫。ここから歩いて帰れる距離にアパートがある。

 明日はバイトも休みだし、あとは帰って眠るだけだ。


 最後の客は酔っぱらったOLだった。今は僕の机に突っ伏して眠っている。

 肩を揺すって起こし帰ってもらう。

 お金はとらなかった。寝てただけだから。


 

 

   👆


「ね、あたしが来るの、分かってた?」

 その声に僕は顔を上げた。


 真っ白な肌と金色の髪、高くてすらりとした鼻。どこから見てもガイジンさんだが、日本語は完璧。なんとなくスーパーモデルみたいな、たいへんな美人さんだ。


 僕も背は高い方だが、僕よりも背が高くて背筋もスラリと伸びている。胸の前でゆるく組んだ細い腕は芸術的だ。よく手入れされた髪、完璧な化粧、高価そうな服。


 ディティールも完璧な


   👆


 彼女が見ている僕はどんなイメージか?

 それは大事なことだから付け加えておく。


 日本人としては背が高いほう。きっちりと分けられた黒い髪、少し厚手の黒縁メガネ、表情のない顔立ち。喪服のような黒のスーツと真っ白なシャツ。

 完璧に個性が殺された、害のない清潔な人物。

  

 それが僕。たぶん彼女の目にはそう写っていたはず。

 僕はいつでもそう見せようと気を使っていたから。


 もっとも中身の方も大して変わらない。


 僕はつまらない奴なのだ。


   👆


「あの、」

 当然のように僕の口からは気のきいた言葉は出てこなかった。


「君だったのか!」とか「こりゃ驚いたな」とかいうようなセリフ。


 ただ「あのぉ、」と口ごもっただけ。


「どうなの?」

 彼女はもう一度聞いた。


「半分くらいですかね。自信はありませんでしたけど」

「つまんない答えだね」

 彼女はモデル立ちで僕のことを静かに見下ろしている。


 僕はドキドキしてしまう。彼女はとにかく美しかったのだ。しかもその美しさには妙な威圧感があった。

 そして僕は威圧的な人に弱かった。


   👆


 それから彼女の背後に、音もなく滑るようにリムジンが現れた。


 駅前の狭い道路をまっすぐに、おとなしいクジラのように、僕の前、彼女のすぐ後ろに止まった。


「ま、乗って」

 彼女はカマーンという感じで、後ろに首を振った。


 僕はこの時を待っていたのだろうか?

 今さらながら、僕はそんなことを考えていた。

 ほんとにこれ?


   👆


 そう、僕はたっぷり一分間、動かなかったし、動けなかった。


 運命の大きく変わる一日。それがやってくるのは分かっていた。

 僕の占いで予想できていた。だが僕にはそれが何なのか分からなかった。

 僕にとっていいことなのか、悪いことなのか、それすらも分からなかったのだ。


 僕は現状のままでいたいのか、変わりたいのかも考えていなかった。

 僕はとんだ間抜けだった。これでは占った意味がまるでない。


   👆


 それでも運命の扉は開いていた。

 リムジンのドアに姿を変えて……



 ~ 第1章 完 ~

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