第1章 乙女あらわる
乙女あらわる―①
かつて先生は言った。
確かな観察と一瞬の洞察、
運命を読み解く知識と経験、
そして相手を思う優しさと正直さ、
それが占いを確かなものにする秘訣だと。
👆
なりゆきはどうあれ、僕はその日も駅横のガード下に机を持ち出し、占いコーナーを開店していた。
机の上には障子紙で造った四角いランプシェード。背後のレンガ壁には墨で書いた
これが僕の仕事スペース。
時刻は夜の七時半。季節は秋。
吹き付ける風は冷たくなってきたが、まだコートはいらない。
僕にも、通りがかる人たちにも。
👆
駅前だから人通りは多い。会社帰りのサラリーマン、買い物帰りの主婦たち、塾通いの子供や中学生たち。
だけど誰も僕のことは見ない。目に入っていない。僕は駅の付属物みたいなもの。レンガや鉄柱みたいなもの。それでちっともかまわない。
大事なのはこれからだ。もう少し時間が遅くなり、通行客が酔いだしてから。
それからが僕の稼ぎ時なのだ。
👆
みんなシラフではなかなか占いをしてくれない。
たぶんみんな占いを恐れているから。自分の未来を恐れているから。
占いが当たる保証なんてないというのに。
とにかく客の大半は一杯飲んで、度胸をつけてからやってくる。
未来を知るには、それくらいがちょうどいいのだろう。
それに財布の紐もゆるくなる。
ここが肝心。
👆
「よお。兄ちゃん、占いやってんのか?」
そう
見れば分かるだろうに。
もちろん無視する。何も答えない。
付属物みたいに。レンガや鉄柱になったイメージで、相手が興味をなくしてくれるのを黙って待つ。
そして十時をすぎたあたりから、本命たちが現れる。
👆
狙いは酔って帰る女の子たち。それからくたびれた中年のサラリーマン。
こう書くとなんだか犯罪者のようだ。
それから付き合い始めたばかりのカップル。こちらは年齢を問わない。
「運命の出会いはいつ?」
「転職を考えてるんだけど」
「あたしたちの相性はどう?」
などなど。
人に悩みの種は尽きない。
だから僕の仕事も続いていく。
👆
たとえば若いOL風の女性。
「結婚か仕事か迷ってるんです、できれば仕事は続けていきたいけど」
僕は質問を聞くとこう答える。
「まずこの紙に、あなたの名前と生年月日、それから血液型を書いてください」
そして観察。
外見に気を使うタイプ?
ブランドにこだわるタイプ?
鉛筆の持ち方、字の書き方、姿勢や仕草。
それから言葉の使い方と話し方。
そういったディティールの積み重ねが現在の彼女を作り上げ、現在の彼女という人間を語っている。
👆
「では左手を見せてください。あなたの仕事運から見ていきますね」
それから僕は彼女の手を見る。
人の手のひらには道筋が刻まれている。
生まれた時から刻まれている道、成長とともに刻まれてきた道。そして未来へと延びる道。
僕はルーペで拡大しながら道を辿る。
道を辿って、道の先にあるものを見る。
そして僕はそれを告げる。
👆
確かな観察と一瞬の洞察、
運命を読み解く知識と経験、
そして相手を思う優しさと正直さ、
僕は言葉を選びながら運命を告げる。
👆
未来の恋に思いを馳せる少女や、生活の不安を抱えたサラリーマン、期待していた未来とのギャップに悩む若者たち。
僕は彼らに、僕の見た道を告げる。
時に優しく自信をつけるように。
時に厳しく現実を見つめるように。
そうして夜は更けてゆく。
それから僕は僕の手のひらを見る。
👆
今夜何かが起こる。
僕は僕の手のひらに刻まれた道を辿る。
過去があって、ジグザグにもたつきながら現在へと続く道を辿る。
僕はその道をルーペで拡大し、辿り、もう一度確認する。
やっぱりそう。間違いない。
僕の手相によれば、今夜、僕に何かが起こる。
人生を変える出会いが訪れる……
~ つづく ~
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