炎に包まれる世界で、小さな火に英雄を映して


*****


 ……あの平原に打ち棄てられた、“串刺しの悪魔像”を見たのか?

 槍のブッ刺さった、不思議な石像だな。

 ああ、ありゃな……タネを明かしちまえば、なんてことないのさ。


 俺たちは、北方王国の重装兵団と共闘してコトに当たってたんだ。

 敵はガーゴイル、オーク、よくわかんねぇ鳥の怪物、たまには火を吐く大蛇。

 その戦闘はどうも旗色が良くなくってなぁ。

 あの低級な魔物どもが妙に殺気立ってたんだ。


 そんな時……味方の部隊長か何かが落馬して、そこに魔物どもが一気に襲い掛かった。

 必死で助けようとしたんだが、間に合う気がしなくて……ああ、軽蔑してくれ。

 俺も、目を必死でつぶるしかなくてさ。

 でも――――聴こえてきたのは爪の音でも、落馬した隊長の断末摩でも無い。

 ガキン、ガキン、ガキン。

 金属の塊を打つ音が連続して聴こえてきた。

 目を開けるとな――――おい、酒注いでくれ。そこにあるやつ、残ってる? ああ、悪いな、おっとっとっとっとっ……。


 ――――ぷはっ。

 それで、そうそう……目を開けたら、俺は……違う時代にでも飛ばされたのかと思ったんだ。

 そこには、“カメ”がいたんだ。


 亀甲テストゥード陣形なんて……あんた、見た事あるか?

 そう、外から見たら手足と首をしまったカメに見える、大盾の防御陣形さ。

 あんなもん、前時代の前時代でスタれていた、過去の戦法だ。

 でも、確かにそれは目の前に組まれていたんだ。

 落馬した部隊長をかばうように、あの全身鎧の巨人みてぇな連中はすかさず突進し、そいつを中心に折り重なるように円陣を組み、盾をかかげて……カメの甲羅みたいに、半球状の防御陣形を取った。

 その素早さも十分凄い。

 だが、本当に凄いのはここからだ。


 そのテストゥードに、魔物どもは群がった。

 ガーゴイルも、ハルピュリアも、猛然と空を飛びながら躍りかかり、盾ごと押し潰そうとして。

 オーク達は何度も武器を叩きつけて、酷い有り様だった。

 やがて、折り重なって群がる魔物達で見えなくなって……もうダメだ、と俺らは思った。

 だけどな、次の瞬間だ。


 “カメの甲羅”は、“鋭い針山”に変わった。

 盾の隙間から一斉に突き出された槍が、群がる魔物を一瞬で刺し殺したんだ。

 一泊遅れて、貼り付いていた魔物の体からぶしゅっ、と血が噴き出てな。

 中には、二体、三体、まるで串焼きみてーに……そう、ちょうどあんたの今食ってるそれみたいにまとめてブッ刺してる槍もあってな。

 

 ガーゴイルは、死ぬと石像に変わる。

 ブッ刺さった槍を取り込んで石化させながら、奴らは二度と動かなくなった。


 ほどけた亀甲陣形の中には、その助けられた隊長を除いて、誰も負傷者も死者もいない。

 ガーゴイルの抜けなくなった槍を捨てると、奴らは腰から、俺たちにとっては両手剣に見えるサイズの小剣を引き抜いて、戦闘を再開した。


 ――――奴らの国の紋章の由来が、俺にはよく分かった。

 全身にびっしりと生えた盾と、その隙間に見える眼球と、無数に突き出された槍。

 “絶対防御の悪魔”は、決して伝説の存在なんかじゃなかった。


 長くなっちまったが……これが、理由だ。

 あの平原に転がっていた、“槍に貫かれた悪魔像”の……制作秘話ってやつだ。



*****


「そんじゃ、次はお前の番だ。……カフマン、って言ったか?」

「カゥフマンだ、この辺の奴らは発音がヘタだな。まぁいいよ。……にしても、ウソくせぇな、あんたの話は」

「疑うのかよ? 俺は見たんだぜ、実際。そんでこうして生きてるわけだよ」

「だってよォ……信じられるかよ、そんな話」


 傭兵カゥフマンは、身を寄せる傭兵団ごと雇われ、この辺境の戦地へやってきた。

 今、野営地で焚き火を囲んでいるのは総勢十人ほど。

 少し離れた場所から聴こえる調子外れのリュートの音も気にならなくなった頃、話題は――――“今まで見かけた魔物の話”から、“命拾いした話”へと変わっていた。

 戦場に身を置く者の盤石の話題であり、酒が入ってこうして語り合えば自然とそうなる。


「じゃあ……分かったよ、俺が話してやるよ、兵隊さん」



*****


 あれは、そうだな……思い出すだけで震えが来るが、一月ほど前、撤退中の事だった。

 正直……生きた心地がしなかったよ。

 何せ後ろにはこんな……ロバのような大きさの、狼ともトカゲともつかない生き物……ああ、なんて言ったかな、アレ……そうそう、俺たちは“針トカゲ”なんて呼んでた。

 正式な名前なんかどうでもいいさ、こっちの方が通りが良いんだから。

 そいつはまるで矢のように体中に生えた針を飛ばしてくるし、速くはないにせよとにかくしつこく追ってくる。

 逆に追うと針を撃ちながら必死で逃げやがるし、追ってくる時だけは妙に嬉しそうにしてやがるんだ、あのクソトカゲは。


 …………ああ、そうだ、本筋を外れたな。

 とにかく俺たちは、その針トカゲから必死で逃げてた。

 時々振り返るんだが、距離はじりじり縮まってくるし、こっちの馬も限界で、いつ倒れてもおかしくなかった。

 林の中に逃げ込んでも、振り切れやしない。

 逆に、こっちの生き残りだけが林の中で落伍して……俺と二人ぐらいしか残らなかった。

 そして馬もとうとう限界を迎えて倒れてしまって、俺たちはとうとう自分の脚で逃げるしかなくなった。

 そんな風に逃げられたのも、数分程度の事で……俺たちもとうとう倒れて、疲れすぎて吐き気がして、恐ろしくて、とても剣を抜く気にもなれなかった。

 這いずって逃げようとして、耐えきれず振り向けば……あのクソトカゲの群れがじりじり迫ってくるんだ。


 そんな時、かな。

 振り返って後ずさる俺たちの、後方。

 当初は目指していた“前方”から……風を裂いてボルトが飛んできて、クソトカゲの脳天を一発で撃ち抜いて即死させやがったんだ。

 生き残った仲間と顔を見合わせるんだが、誰も何が起こったのか分からない。

 小便漏らしながらみっともなく後ずさってただけなんだから。


 そんな時、もう一発だ。

 それもまた、トカゲの目ん玉から頭を貫通して一発さ。

 瞬きをするたびに、撃ち抜かれて死ぬトカゲが増える。

 流石に俺たちも気付く。これは味方が助けに来てくれたんだ、援護射撃だ、って。

 んで、振り向くんだけどな――――味方なんか、一人も見えやしないんだ。

 厳密に言えば一瞬だけ、岩場に何かがキラリと光るのが見えたんだが……遠すぎる。

 とても、とてもクロスボウなんかで届く距離じゃないし……届くとしても狙えるはずがないんだ、遠すぎて。


 なのに、そこからとしか思えない角度で次々と飛んできて、一発も外す事無くトカゲどもは全滅した。

 俺たちは、少し回復したら、重い脚を引きずって当初の方向へ再び逃げた。


 ――――――で、その何かが見えた岩場で、俺らは……助けてくれた奴と会えた。


「怪我はない? この先に行けば、貴方がたの仲間がいる。私が案内するわ。大丈夫、私に任せて」


 そう言ってくれた、あの人……俺は今でも、本当の女神さまだと思ってるよ。

 フードをかぶってたが、綺麗な茶色の髪で。

 目の色も左右で違ってるんだが、とにかく、とにかく綺麗な女の人だったよ。

 中でも目を引いたのは、あのデカくて、奇妙で、よく分からない構造をしたクロスボウ――――だったのかな、あれは。


 その人が水をくれて、携帯食も分けてくれて、おまけにケツを守ってくれながら、俺たちはようやく味方と合流できたってぇ訳さ。

 名前は、そうだ……訊く事ができないままその人は去っちまったが、後で誰かが教えてくれた。


 ――――“白銀はくぎん狩りのフランシスカ”って呼ばれてるハーフエルフさ。



*****


 とある街道の宿屋で、兵士が大声を上げて熱弁を振るっていた。


「だからよぉ! 俺は見たんだって! 誰も信じねぇのか!?」


 顔色を見ても、酒瓶の減り具合を見ても、男がしらふなのは明らかだった。

 それなのに誰も歯牙にもかけず、苦笑いと共に酒を傾けるだけだ。

 流れの吟遊詩人も、商人も、女将おかみも、誰も――――だ。


「荒れてるねぇ、兵隊さん。あたしで良ければ聞いてやろっか?」


 そんな彼の前に木のジョッキを片手に座ったのは、狩人と思しき一人の女だった。

 彼女の表情は明るく……早く話せ、とニコニコとしながら訴えかけている。


「……お前も、俺を疑ってんのか?」

「まさか。……あたしの名はケイト。見ての通り、猟師さ。それとな、みんな……あんたの話を疑ってる訳じゃない」

「あぁ……?」

「疑ってない。みんな、あんたの話を、誰も詳しく聞かないだけなのさ」

「えっ」

「ほらほら、さっさと話してスッキリしな。あの――――“猫”のバカみたいな話だろう?」


 男は……むしろ逆に、ケイトと名乗る女と、酒場の客達を胡乱うろんな目で見ながら、ぽつりぽつりと語り出す。


*****


 …………俺が見たのは、とてつもなくデケェ体をした、いかにもヤバそうな獣人の男だ。

 猫に似た何かなんだが、頭の周りにモサモサの毛が生えてて、腕なんて太いのなんのって……もしあんなのと戦えなんて言われたら、俺は諦める。

 一瞬で挽き肉ミンチにされて終わりだろうよ。

 いったい、何食えばあんな筋肉になるんだか……想像もできやしねぇ。


 そいつはな、向かってくるケンタウロス相手にニヤリとしながら、丸腰のまま無防備に突っ立つんだ。

 両刃の矛を振りかざして向かって来やがるのに、一歩も引かねぇ。

 めき、めきっ、って音がしたんだが……それは、そいつの拳の関節音と、力んで浮きあがる筋肉が奏でていやがった。

 岩の塊みてぇな二の腕はキレッキレの筋肉が詰まってて、血管がまるで山脈みてぇに浮き出て、はがねのような肉体、って表現は多分、ああいう奴から生まれたんだろう。


 向かってくるケンタウロスは、だいたい同じぐれぇの背丈だった。

 そいつもそいつで十分ガタイがよくて強そうだったが――――ケリは、一瞬でついた。


「ヌウアァァァァァァァァッ!!」


 交錯する一瞬、無防備に突っ立つ猫の獣人が叫びながら左腕を広げて……一歩踏みだしながら、ケンタウロスの首を目掛けて、肘から腕を巻きつけて振り抜くような動きでぶちかましたのさ。


 ――――――ケンタウロスの身体はその場で、ぶちかまされた首を支点にキレイに一回転さ。

 ちょうど俺が庭を駆け回ってて、柵代わりに渡されてたロープに引っかかって倒れた時と同じ姿だったんだぜ。

 

 たぶん、その一瞬でケンタウロスは即死だったんだろう。

 ぶっとい首が変な方向に曲がってて、腰も、馬の下半身のケツと肩甲骨がくっつくぐらいにしなってて……。

 んで、その場で一回転して更に半回転。

 へし折れた首を地面に突き刺す勢いで倒れて、それっきりピクピク痙攣してたが……やがて、それもなくなった。


 信じられるかよ、おい。

 ケンタウロスが――――あの忌々しい馬人どもが、でのされちまうんだぜ。


 ……?

 何だよ、ずいぶんとうれしそうだな、あんた……ケイトさんよ?



*****


 星明りの下、砂の戦士の男達は語っていた。

 砂漠の空気は日中の暑気などどこかへ仕舞い込んでしまったようにくっきりと冷え込んでおり、日中と違う厳しさで彼らを苛む。

 篝火かがりびを囲む男達の手には油断なく弓が握られ、気を緩めている様子は微塵もない。

 昼には見渡す限りの砂と岩が広がる風景も、今は海原のように闇に沈む。

 それは――――世界へ垂れこめる暗雲のように。


「おい、カラディン。聞いてるのか?」

「…………」

「……絡むな、ジャシード。お前こそ集中しろ。また隊長に叱られたいんだな」

「ならお前でいい、サフヤール。あの小僧……どう思う?」

「どう、って……何が」

「すっとぼけんじゃねぇ。俺の見たてじゃ、ナディヤはすっかり惚れてる。……だがなぁ」

「出自は関係ない。俺の親父だって山岳部族。お前だって厳密にこの氏族じゃないだろう、ジャシード」



*****


 ――――俺の言っているのはそういう事じゃあないんだ、サフヤール。

 つまり、これから……戦っていけるヤツなのか、って事さ。

 戦う事、それ自体は大した事じゃあない。現にあの小僧は、あの村で“砂ザメ”を討伐しているし……剣も弓も冴えないが、クソ度胸だけは俺たちの誰よりもある。

 だが…………荷が重すぎはしないか、って事なんだ。

 敵はたかだか砂ザメの一匹二匹じゃなく、サンドウォームでもなければマミーどもなんて湿っぽい……いや、カサカサに乾いた連中じゃない。

 そいつらをこの砂漠に解き放ったヤツ……魔王シャイタンだ。

 そんな神話の住人と、誰が戦える?

 俺か、お前か、カラディン、それともお前? ファディール隊長か、ウマル導師か、それとも祖師イブラール・ヒブン?

 誰が……“魔王”の相手なんか務められるか、って事なんだ。


 ――――話が逸れた。

 つまり、俺たちは……あのエミールを、地獄に引きずり込んでやっただけなんじゃないかって事だ。

 戦士どうこう以前に、大人として、してはいけない事をしちまったんじゃないかって事を俺は言いたい。

 …………エミールの力を疑ってる訳じゃない。

 奴は俺たちの誰よりも度胸がある。

 戦士に向いているかどうかで言えば、考えるまでもない。

 それでも……思う。

 俺たちは、奴を……故郷へ送ってやるべきだったんじゃないか。

 こんな血みどろの、いつ終わるか分からない魔王シャイタンとの戦いに巻き込むべきではなかったんじゃないか、って。


 …………何、カラディン。あっちを見ろって?

 ……ったく、あの小僧め……ラクダを操るのも上手くなったもんだ。

 オトナの心配もよそに無鉄砲な野郎だぜ。

 火矢の準備は整ってる。

 追いすがるカサカサのマミーどもはよく燃えるだろう、空気もこんなに乾いている。

 サンドウォームの甲殻の継ぎ目もよく見える。

 さて……そんじゃ、やってやろうかい?



*****


 世界は、滅びの炎に包まれて行く。

 その中で、生きる者達は身を寄せ合い、ささやかな火を囲んで英雄たちの話をした。

 滅びの炎そのもののような、燃える巨人は今――――冬の力を秘めた異国の将軍に討ち取られて、その躯を凍原に晒していると。

 エルフとドワーフ、ハーフリングに獣人、人類、ありとあらゆる種族が集い、カビのように浸食して世界を飲み込もうとする森を食い止めるべく日夜戦っていると。


 “勇者”の伝説を、母親たちは寝物語に子へ聞かせる。

 魔王の恐怖が席巻するこの世界で、それでも生まれ、生きていく子供達の顔から不安と恐れを拭い去るために。


 雷そのものを従え、その剣は闇を祓う。

 世界に魔王が現れた時、必ずその男は現れて――――世界を、救う。

 母親たち、父親たちは童話の中でしか知らなかった存在だ。


 だが、今は違う。

 この世界には、“魔王”がいる。

 物語の片割れは、もう……この世界に、いるのだ。


 なのに――――――“勇者”は、まだいない。

 それでも、戦う者達はいた。

 意気高く戦地へ向かう兵士達。

 生涯を騎馬と弓へ捧げた、騎馬民族の勇将。

 練達した技を今こそと発揮する、武術家の一門。

 悪名とともに伝えられていた竜鱗の亜人傭兵団。

 鍋と包丁で戦いを支える巨腹の給糧隊長。

 踏み入る者を生かして帰さない、山岳の守護者達。


 この世界の火を絶やさないために。

 いつか現れる――――“一人”へ繋ぐために、世界は今も、“魔王”と戦う。






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