膝枕
蒼野あかり
膝枕
「どうして人間はこんなにも面倒な生き物なのだろう」
あいつの声が、頭上から降ってくる。それは私の額に当たり脳内を通り抜け、あいつの脚部へと落ちていったから、私の中には欠片が残っただけだった。
「どうせ進化するなら、欲など持たず、空気だけ摂取して生きられるように進化すれば良かったのに」
あいつの指の爪を一枚一枚観察してみる。広くて薄くて、いつも髪の毛一本分だけ白い部分を残してある。なぜか時々、右手の小指だけ爪が長い時がある。わざとなのか切り忘れてしまうのかはわからないけれど、それもいつの間にか短くなっている。ちなみに今日は、きちんと短くなっている。
「人間は、数えきれないほどの選択の連続の結果、こうなったんじゃないですか」
折角応えたのに、そのあとに返ってきたのは沈黙だった。あいつの指の関節の皺の形を観察してみる。バツ印を十一個くらいまで数えてみたけれど、数え切るまでもなく無謀なことだとわかって辞めた。体中を観察して丸印でも探していた方が、随分と有意義な時間だろう。
空いていた方の手で、視界を塞がれる。目を閉じてみると、まつ毛があいつの指を擦った。まつ毛があいつの手にこれ以上触れるのも癪だから、じっと静かに呼吸していた。
もしも呼吸だけで生きていけるのなら、人生は途方もなく長いものになる。そうしたらやっぱり、人間は物を食べ始めるだろうと、ぼんやり思った。
「欲が無ければ、君はこんなところにいなくて済んだだろうに」
今度のは言葉の一節一節区切るように、私の脳髄で止めてきた。こいつは本当に刻むのが上手くて、どうしようもなく臆病だ。だからいまだに、こんなにも雁字搦めに締め付けてくる。
「今の君も、選択の結果だ。間違いなく、君が、望んだ」
私を構成する細胞全てがかき乱され、脳をも揺らされた。それほどの衝動が起きていたにも関わらず実際に起きた現象といえば、眼の縁から涙がにじむということだけだった。拭うことさえできない自分は、この世のどんな存在よりも惨めだった。
もう眠りたい。そう言ってもあいつは、嘘つきと一蹴して、今日も聞き入れてくれなかった。
膝枕 蒼野あかり @ao-k
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます