=another K & G 【The Rose 】=

【CHERRY 〈one night call〉 = another K & G =】

■ The Rose ■


おもしろかったわ。あの五年。

本当に楽しかった。

あの日のおちびちゃん、cherryのおかげね。

でも結局、あれほどの辛い思いをさせることになってしまった。あの時、追い返してあげればよかったのかもしれない。

あんなことになるなんて、考えられなかった。

きっと誰にも。

cherry、あんな運命に巻き込んでしまってごめんなさいね。

でもね、本当に楽しかったの。

絶対に持てない娘を持てたみたいな気持ち。

あの感覚が母性っていうのかしらね。ローファーのおちびちゃんが咲いていく様子を、こんなに近くで見守ることができて。

あなたの嬉しそうなマシュマロみたな笑顔に、何回も幸せをもらったわ。

柔らかいあなたを抱きしめるたびに、心の中にあたたかいものが溢れた。


それに変わっていく先輩を見ている喜び。

あの日から藪先輩は、また生き始めた気がする。本当の意味で。

あなたが来るようになってから、先輩が楽しそうに見えた。少しずつ本当の笑顔を見せてくれるようになった気がしてた。先輩自身は気づいていたかしら、自分が変わっていくこと。


もちろん最初はあの瞳に魅了されたんだと思うのよ。私と同じであなたを歩先輩と重ねていたと思う。

でもそれはあくまでも入り口。

あなたもあなたの周りの人たちも気づいてなかったかもしれないけど、あなたは本当に素敵な娘だったわ。

おそらく、うずいていたと思うのよ。だって歩先輩を好きだった男ですもの。

あなたのSHINへの想いを目の当たりにさせられて、昔を思い出していたかもしれないわね。

もちろん同じ感情と感覚ではないと思うけれど。少しは辛かったかもしれないわね。

でも、そういう感覚があって当たり前なのよ。それが生きているということでしょ?私はそう思う。


そして私も気がついた。自分の想いの移行。

藪先輩への、ゴリへの想い。

もちろん絶対叶わないし、言わない。

でもそんなことはいいの。想うだけでいいの。

見守って応援して、心配して、一緒に喜んで、泣いて、怒って。そういうことを共有することに喜びを感じられるって幸せだったわ。例え何もなくてもね。

自分が好きな人が生き生きしてるのが嬉しかった。楽しかった。


私は今、死にたくないと思っている。

それって幸福なこと。だって生きていて楽しかったから、この世界に誕生してよかったから、離れたくないって思うんでしょ。

だから私の人生は幸せだったのよ。

そんな風に感じさせてくれてありがとうcherry。

ありがとうゴリ、藪先輩。

最期ってどんな感じかしら。できれば手を握っていてほしいわね。右手を娘に、左手を愛する人に。難しいかしら。


ラッキーだわ。あなたが来てくれる時間がいつも、モルヒネが効いているけれど意識が戻っている時間で。

『今日はどう?』

優しい響き。モルヒネの幻覚じゃないわよね。

いいわよ、煙草吸っても。もう私の健康状態なんか気にしなくていいんだから。看護師さんには、ばれるかもしれないけど。

今日は調子がいいわ。

だから聞いてほしいことがある。

「・・先輩・・私の遺言を聞いてくれる?・・」

『そんなこと言うな。』

首を降ったつもりだけど、わかった?

バカね、そんなことを言う時期なのよ。

「・・おねがい。先輩しかいないじゃない。」

難しいことじゃないから。

『・・わかった。』

あっ、ちょっと泣きそうになってる?

私、見たことないわよね?長い付き合いになるけど、先輩の涙って。

「・・三つあるの。」

『欲張りだな。』

「・・私が死んだら、AIDSだったってことにして。」

驚いた顔。おかしい。

『なんで?』

「・・大好きなFreddieと同じ。」

『バカか。』

呆れないでよ。笑ってよ。

「その方がいいの。・・父も母ももういない。残された身内の姉が後悔しないでしょ。」

彼女が私の死を万が一知ったときに、それを臥せられる。自分の家族を子供たちを風評から守るために。私のことを知ろうとしなかったことを肯定できる。

先輩は溜め息をついた。

『・・二つ目は?』

「・・cherryを・・見守ってあげて。」

『あいつは、結婚して幸せになってる。もう俺たちの手はいらないだろ。』

私はそうは思わない。

あの子が、あのSHINへの想いをそんなに簡単に消せるはずがない。きっと抱えている。心の奥に蓋をして。

あの無器用な子が、そんなに上手に昇華させれるはずがない。

いつか、もし蓋が開いてしまったら、感じる苦しみの深さは想像がつく。

巻き込んでしまったから。闇を抱えた世界に。

だから見守って行きたかったの。

生きたかったの。

そんな時がきたら、来ないにこしたことはないけど、もし、もし蓋が開く時が来てしまったら、支えてあげたかったの。私のとても強い生への未練のひとつ。これが母性。

それができないから、できないとわかっているから。ごめんなさい。私の未練を引き継いで。私の母性に巻き込まれて。

でも、あなたも感じているでしょ?巻き込んでしまった罪を。

そしてあなたももう感じているでしょ?恋愛感情ではない愛しさを。

だから見守って。私の分まで。

そして生きて。彼女の幸せを完全に見届けるまで生きて。

『わかった。おまえの分まであいつの幸せを見届ける。三つ目は?』

ありがとう。

三つ目が一番伝えたいこと。

私は調子がいいときに少しずつ書いた一通の封書を先輩に渡した。封をしている。

それは開けないで。


風の音がしている。今夜は雨になるのかしら?

どうせ逝くなら月夜がいいわ。雨が降ってない方がいいわ。

『なに、これ?』

封筒には住所を書いてある。でも切手は貼っていない。不思議そうに見つめてくる瞳を見つめ返す。

そして決心をしてから口を開いた。

先に謝っとく、ごめんなさい。

「先輩、私が死んだらゴリカバは解散よ・・・藪啓一に戻って。ゴリを捨てて。」

何も言わないで。聞いて。

「・・・その手紙を持って、名古屋に行って・・教授が、私の尊敬する先生が・・メンタルクリニックを開業してる・・」

大学で教鞭をとることを辞めて、故郷で開業した私の尊敬する先生。

私に生きることを教えてくれた先生に会って。その手紙を持って。


あれほどの事故だったから、本当に肉体的に不可能なのかもしれない。

でもあの夜が、歩先輩を抱こうとした夜が、あの事故のあと初めてだったんでしょ?そしてそれ以降、考えもしなかったんでしょ?

駄目だと思いこんでたんでしょ?

あなたが体験したことは、大きすぎるのよ。

だからメンタルからの可能性も大きいの。一度は真実に向き合って。

何かを諦めるのって、今の私みたいになってからでいいんじゃない?旅立つ直前で。

もし、私が間違えていても大丈夫。愛せるから。肉体的な関係なんてなくても愛せるし、愛することで幸せを感じることができるのよ。

そんな相手に出逢えればね。

SHINとcherryの歳月から感じたでしょ?

そして何よりも私が実証してるの。心だけの繋がりでも充分、幸福感に満たされること。例え、片想いでもね。

『・・おまえ、知っててんな。』

あら?大阪弁。まさかもう一度聞けるなんて。

懐かしいわね。嬉しい。あの屋上に舞い上がってきた花びらを思い出したわ。cherry blossom。

自分が言ったんじゃない。男じゃなくなったって。遠いあの日に。

『なあ、死ぬなよ。一人で逝くなよ。なんでみんな逝くねん。俺の大事な人間はなんで。』

泣いてくれるの?!嬉しい。

でも堪えるのね。残念。

しょうがないじゃない。私も逝きたくないわよ。でもしょうがないのよ、こればっかりは。

ねぇ、先輩。最期の時は手を握っていてくれる?

私、そこは頑張るわ。

あなたが来てくれる時間までは、その日もがんばるから。

もしかしたらまったく意識ないかもしれないけど。それでも頑張るから。



おまえの右手で脈をとっていた医者が瞳孔の確認をした。そして静かにおまえの目を閉じた。

『2時25分です。御愁傷様でございます。』

そう言って看護師と共に頭を下げた。俺も黙って頭を下げた。

俺だけでよかったのか?ママもJ も、SHINもcherryもいない。それで本当によかったのか?

先週、おまえは俺だけがいいと言ったけれど、それは本心?それともいつものおまえの配慮?教えてくれよ。なんか言ってくれよ。

『バカね』って静かに言って微笑んでくれよ。

最期の瞬間、おまえは少し微笑んでいるように見えた。苦しかっただろう。いくらモルヒネを使っていたとしても痛かったに、苦しかったに違いない。

でもおまえは、俺が来るたびに同じ微笑みで迎えてくれた。

俺が見舞っているのに、俺が慰められている気がしていた。だから乗り切ることができたんだと思う。いろんなこと。


「もう大丈夫になった。もう心配いらない。すべてけりがついた。」

おまえの左手を握りしめながら、俺が言った言葉におまえは笑ったよな?聞こえたよな?俺が頑張ったこと誉めてくれるよな?

もしかしたら持って行ってくれるのか?ややこしいことすべて。

握りしめたおまえの左手に何十年ぶりかに溢れた涙が落ちた。歩の死を知ったとき以来だ。

俺の涙を知っている人間は、みんなそっちに行くのかよ。

おまえは微笑んでいるみたいに見えた。

弱々しい視線で、酸素マスクを外してくれと言っているように感じて、マスクをそっと外ずす。

おまえの唇が小さくありがとうと動いた気がした。声にならないその言葉にまた胸が痛くなる。

「それは俺の言葉だ。ありがとう、カバ、拓郎。ありがとう。俺を拾ってくれて。この世に存在してくれて!俺に出逢ってくれて!ありがとう!」

また微笑んでくれるのか?


医者と看護師が出ていって、俺たちはまた二人になった。

綺麗な顔だな。両掌で頬を包んだ。まだあたたかいじゃないか。

ベッドサイドの小さなキャビネットから化粧ポーチを出した。

中にある口紅、おまえのいつものローズピンク。

紅筆をとって、少しだけ開かれている唇につける。

他人の口紅をつけるのって難しいな。

あの日、SHINがしてたな。あの光景を見ているのは辛かったよ。

そして最初の時にはおまえが俺にしてくれたんだ。他の化粧の時はなにも感じなかった。眉を剃られても。

でも最後におまえの手で、口紅をつけられたあの瞬間、俺は新しい人生を歩くことを決心できたんだ。


震える手で、まだ温もりが残っているカバの、拓郎の唇に紅をさしながら思った。

なあ、カバ、拓郎。よくcherryが言っていた自分の半身って、別に恋愛関係に限らないんじゃねえ?

俺とおまえは、ゴリとカバは最高のコンビやないか。


今夜は満月やぞ。

  


〈G&Kーfin 〉


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