第70段 あまの釣り船 【斎宮】

昔、ある男が、(伊勢から)狩の使いを終えて帰ってきたが、大淀の渡し場に宿って、斎宮付きの童女に声をかけた。


 海松布みるめを刈る干潟はどこだろうか。釣り舟を漕ぐ海女よ、海に棹を挿して私に教えてくれ。


【定家本】

むかし、をとこ、かりのつかひよりかへりきけるに、おほよどのわたりにやどりて、いつきのみやのわらはべにいひかけける。

 みるめかる かたやいづこぞ さをさして われにをしへよ あまのつりぶね  


【朱雀院塗籠本】

むかし男。かりの使よりかへりけるに。おほよどのわたりにやどりて。いつきのみやのわらはべにいひかけける。

 みるめかる かたはいつこそ 掉さして 我にをしへよ 蜑の釣舟


【真名本】

昔、男、狩の使より還り来けるに、大淀の渡りに宿りて、斎宮いつきのみや侲子わらはべに云ひ懸けける。

 海松みるめる 方や幾所いづこぞ 棹して 吾に教へよ 泉郎あまの釣り船


【解説】

「侲子」は童男にも童女にも言うが、ここではおそらく童女だろう。

この童女が、次の第71段に出てくる「すきごといひける女」と同一人物である可能性もある。


大淀は難波の淀川の河口辺りのことではなく、また吉野の菜摘川の大淀(天武天皇や持統天皇の御代に離宮があった)のことでもなく、伊勢国気多郡の海辺のこと。

第72段、第75段の大淀も同じ。

斎宮付きの童女がいるからといって、斎宮も同行していたとは限るまい。この童女は何かの用事を任されて、伊勢と大淀の間を往来していた、もしくは男を大淀まで送りに来た、ということではなかろうか。


「みるめかる」は通常「見る目がれる」ことを意味している。

「かた」は「干潟」と「方角」がかけてある。

斎宮と再び会うにはどこへ行けばよいのか教えてくれ、というような意味であろうか。それとも童女との別れを惜しんでいるのか。

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