042 たが通ひ路

昔、ある男が、多情な女と知りつつも、その女と互いに会って語り合っていた。女のそういう性格を承知の上であったから、必ずしも憎くは思っていなかった。しばしば通っていたが、余計にその女が浮気しないかと気がかりになった。だからといってあきらめることなどできないでいた。しかしやはり女の浮気はやまなかった。二日三日、用事があって女の所へ行くことができなかったので、女に


 私が出て行った足跡さえまだ変わらないうちに、今は誰の通い路となっていることだろう


女のことが疑わしくてこう詠んだのである。


【定家本】

むかしおとこ、いろごのみとしる〳〵、女をあひいえりけり。されどにくゝはたあらざりけり。しば〳〵いきけれどなをいとうしろめたく、さりとて、いかではたえあるまじかりけり。なをはたえあらざりける中なりければ、ふつかみかばかりさはる事ありて、えいかでかくなん。

 いでてこし あとだにいまだ かはらじを たがかよひぢと いまはなるらむ

ものうたがはしさによめるなりけり。


【朱雀院塗籠本】

昔男。色ごのみとしる〳〵。女をあひしけり。にくゝもあらざりけれど。なをいとうたがひうしろめたなしきうへに。いとたゞには。あらざりけり。ふつかばかりいかで。かくなん。

 出て行 あとたにいまた かはかぬに たか通路と 今はなるらん

ものうたがはしさに。よめるなり。


【真名本】

昔、男ありけり。好色いろごのみと知るしる、女をへりけり。りければ数々しばしばいきけれど、なほいと後目痛うしろるめたく、りとて、た往かでは、得あらざりける中成りければ、二日三日、障ることありて、得往かでかくなむ、

 出でて来し 後だに未だ 替らじを 誰が通ひ路と 今はなるらむ

うたがはしさによめるなるべし。


【解説】

しばしば通っていたということは、自分以外の者が通わないように、毎日通って独占したかった、という気持ちだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る