043 死出の田長 【賀陽】

昔、賀陽皇子かやのみこと申し上げる親王がいらっしゃった。その親王がある女をお気に召されて、たいへん熱心に御寵愛になっていた。大変色気のある女で、自分だけがこの女に目をかけていると思っていたのだが、他の人が聞き付けて文を送ったので、ホトトギスの絵を描いて、


 ほととぎすよ、おまえが鳴く里がたくさんあるが、私はそれでもおまえをうとましく思うことができない。


と言ったところ、この女は機嫌を悪くして、


 それほど私の浮名が立ったのでしょうか。それでは今朝、私は死出の田長となって鳴きましょう。いろいろな住処を渡り歩く女だとうとまれてしまいましたので。


時は五月であった。男は歌を返して


 住処の多い死出の田長よ、それでもなお、私が住む里でも、声を絶えずに鳴いてくれと、あなたに頼まれるよ。


【定家本】

むかし、かやのみこと申みこおはしましけり。そのみこ、女をおぼしめして、いとかしこくめぐみつかうたまひけるを、人なまめきてありけるを、われのみと思けるを、又人ききつけて、ふみやる。ほととぎすのかたをかきて、

 ほととぎす ながなくさとの あまたあれば なをうとまれぬ おもふものから

といえり。この女、けしきをとりて、

 なのみたつ しでのたをさは けさぞなく いほりあまたと うとまれぬれば

ときはさつきになんありける。おとこかへし、

 いほりおほき しでのたをさは なをたのむ わがすむさとに こゑしたえずは


【朱雀院塗籠本】

昔かやのみこと申すみこ おはしましけり。其みこ女をいとかしこう。めしつかひたまひけり。いとなまめきて有けるを。わかき人はゆるさゞりけり。我のみと思ひけるを。又人きゝつけて文やる。郭公のかたをつくりて。

 時鳥 なかなく里の あまたあれは 猶うとまれぬ 思ふ物から

といへりけり。この女けしきをとりて。

 名のみたつ してのたおさは けさそなく 庵數多に 疎まれぬれは

一時はさ月になんありければ。男又返し。

 いほり多き してのたおさは 猶賴む 我すむ里に 聲したえすは


【真名本】

昔、賀陽かや親王みこと申す御子御坐みこおはしましけり。その親王、女をおもひて、いと賢く恵みつかう給ひけるを、いとなまめきて、吾れのみと思ひけるを、又人聞き付けて文遣るとて、霍公ほととぎすかたを書きて、

 霍公 が鳴く郷の あまたあれば なほうとまれぬ 思ふ物から

と云ひければ、此の女、気色劣りて、

 名のみ立つ 志手しで田主たをさけさぞ鳴く 五百里いほりあまたと 疾まれぬれば

時は蕤賓さつきになむありける。男、返し、

 五㢒入いほり多き 死伐しで田亭たおさを なほ頼む 吾が棲む郷に こゑし絶えずは


【解説】

賀陽親王は桓武天皇第十皇子。母は多治比真宗、つまり桓武平氏と同母兄弟。

賀陽親王は清和天皇の御代まで長生きしている。おそらくこれは、親王が若い頃に求婚した話ではあるまい。当時、すでに相当高齢だったのではなかろうか。


『定家』「女をおぼしめして、いとかしこくめぐみつかうたまひけるを」、『朱雀』「女をいとかしこう。めしつかひたまひけり」、『真名』「女をおもひて、いと賢く恵みつかう給ひける」。『定家』は「寵愛する」を「おぼす」「おぼしめす」と表現したがる(第65段参照)。『真名』「念」を「おぼしめす」と読むことは可能かもしれない。


『真名』「なまめきて」、この「唭」はおそらく「欺」と同義で、あまり良い意味合いではない。男をあざむきたぶらかすような、という意味だろう。『定家』だと、他の男が女にちょっかいを出して、となってしまう。「ひと」と「いと」を間違えたらしい。

「蕤賓」はこれまた十二律に由来する、皐月の異称。基音の黄鐘より六律高い音。日本の十二律の鳧鐘にあたる。


「死出の田長」は「ほととぎす」の異称。おそらく鳴き声が「シデノタヲサ」とも「ホトトギス」とも聞こえるのだろう。「しづの田長」とも。ホトトギスが死の世界から来るからとも言う。


ホトトギスは初夏に渡来する、いわゆる夏鳥である。越冬のために南へ渡り、夏、繁殖のために日本へ渡ってくる。旧暦五月は今の六月くらい。

ホトトギスは托卵するので他の夏鳥が繁殖を始めた後に渡ってくる。その鳴き声は喉をからし、血を吐くような、激情的な声であるとされてきた。



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