第4話 Saturday night special

「あっ!」

「えっ!」

 二人は突如として現れた巨漢に驚き、足を止める。

「……その少女を渡してくれ。いい商品になる」

 巨漢の言葉に、スライは身構える。

「お前、誰だ!?」

「……奴隷商人よ」

 巨漢の代わりに、横でジェントリーが答えた。

「ニードルとよく会っているのを、見たことがあるわ。これまでに何人もの奴隷を売りさばいて利益を得た、正真正銘の奴隷商人よ」

「……よく知ってるな。そうか、あのニードルさんから売り渡される予定だった少女か」

 奴隷商人は納得したように、首を縦に振る。

「少年よ、その少女を渡してくれないか。もちろん、相応の代金は支払うから」

「断る」

 スライはきっぱりと云う。

「ジェントリーは、誰にも渡さない!」

 スライはジェントリーを連れ、工場へと逃げ込んだ。



 工場の中は多種多様な機械で埋め尽くされていた。人用のスペースを小走りで通り、二人は逃げる。

 後方で、物音がした。奴隷商人だ。

「うおおお!」

 奴隷商人の叫び声が聞こえ、二人は走りながら後ろを振り返る。奴隷商人が、障害物になる機械を破壊したり、倒しながら進んでいた。

「なんだ、あの怪力!?」

 スライが云う。

「私も初めて見た!」

 ジェントリーも、驚きを隠せない。ニードルに囚われていた時に、何度か見かけたことはあったが、怪力だったとは知らなかった。

一体どこからあんな力が出るのか、二人には分からなかった。

「あいつも、人間じゃない!」

 スライはサタデーナイトスペシャルを取り出した。

「ジェントリー、先に逃げろ! 俺が撃って奴を足止めする!」

「でも……」

「大丈夫だ。さ、早く!」

 ジェントリーが先に行くと、スライは奴隷商人に向かってサタデーナイトスペシャルを構え、引き金を引く。銃声が工場の中に響き、奴隷商人の動きが少しだけ遅くなる。

 よし、効果はある。

 しかし、奴隷商人もやられてばかりではなかった。スライがサタデーナイトスペシャルを撃つたびに、機械の破片や落ちていた工具を飛ばしてきた。スライは機械の陰に隠れながら、サタデーナイトスペシャルを撃ち続ける。

 すると突然、サタデーナイトスペシャルから弾丸が出なくなった。

「あれっ、故障か?」

 何度引き金を引いても、弾丸は出なかった。弾倉を取り出すと、弾丸が入っていない。

 弾切れになってしまった。

「くっ、弾切れだ!」

 スライは空になった弾倉を投げ捨て、慌てて新しい弾倉を探す。マフィアから奪った弾倉が、確かあったはずだ。

「フフフ……チャーンス!」

 嫌らしい笑い声がする。奴隷商人が、弾切れに気づいてしまった。

 奴隷商人は、一気に距離を縮めてきた。スライは慌てて新しい弾倉を取り出し、サタデーナイトスペシャルに弾丸をリロードする。だが、奴隷商人はすでに目の前まで迫っていた。

「くそっ、これまでか!」

 スライは奥歯を噛みしめる。サタデーナイトスペシャルを構えて撃つには、時間が足りない。スライは覚悟を決め、目をつぶった。

ジェントリーは、無事に逃げられただろうか。

「とどめだ!」

 奴隷商人が、ドラム缶を持ち上げる。

「やーっ!」

 終わった。しかし、今の声は男の声とは違ったような気がする。

「ぐあっ!」

 スライが目を開けると、奴隷商人がドラム缶を持ち上げたまま、倒れていった。目の前には、ジェントリーがいる。右手には、ハンマーを握りしめていた。

「ジェントリー……?」

「スライ、大丈夫?」

 ジェントリーが振り返り、スライに訊く。

「俺は大丈夫だけど……一体何が……?」

「私が、これを奴隷商人の額に向けて振り下ろしたの」

 ジェントリーが、手にしたハンマーを指し示す。

 あの巨漢にハンマーで立ち向かうなんて。スライは目を丸くした。

「工場だからか、ハンマーがいっぱいあったの。銃は使えないけど、これなら私でも扱えるんじゃないかなって。それにしても……」

 ジェントリーは、倒れた奴隷商人に目を向ける。

「あの奴隷商人、大丈夫かしら……?」

「心配する必要は、無いんじゃないかな」

 スライは云った。

「いつかはこいつも、こうなる運命だったんだ」

 まさか、商品として売る予定だった存在からやられるなんて、思ってもみなかっただろう。

「それにしてもジェントリー、凄いな」

「え?」

「いや、やるときはやるんだなって……」

「それ、どういう意味?」

 ジェントリーが訊くが、スライは受け流した。

「さ、早く逃げよう。この工場の持ち主に見つかったら、また別で厄介なことになるかもしれない」

「あっ、ちょっと待ってよー!」

 ジェントリーはハンマーを捨て、走り出したスライの後を追った。



 工場から抜け出すと、東の空が微かに白くなり始めていた。もうすぐ、土曜日の夜が終わる。賑わっていた夜も、この時間帯には誰もいなくなり、通りも閑散としていた。今なら、誰にも見られることは無いだろう。

「この辺りは、もう町の外れだ」

 スライは辺りを見回し、そう判断する。

「さ、ラストスパートだ! この町を出よう!」

「この町を抜けたら、私たちは本当に自由になれるの?」

「もちろん!」

 スライは親指を立てる。ジェントリーは安心したようで、穏やかな表情になった。

「夜が終わるまでの間に、この町から脱出しよう!」

「うん!」

 ジェントリーの目に、もう迷いは無かった。



 町から出て田舎道まで来た。振り返ると、町は全体を拝むことができるほど、遠ざかっていた。

「ジェントリー、脱出成功だ!」

 スライが云う。

「私達、これでもう自由なのね……」

 ジェントリーは自分の頬を軽く叩く。夢じゃないかどうか、確認しているらしい。

「本当だっただろ? 土曜日の夜は、奇跡を起こすのにこの上ない特別な時間帯だって」

 スライはそう云って笑うと、右手を見た。

「もうこれも、必要ないな……」

 ずっと握っていたサタデーナイトスペシャルを、遠くへ投げ捨てた。それと同時に、朝日が東から昇り、二人を照らす。

「土曜日の夜が、終わった」

「スライ、ありがとう」

 ジェントリーが云った。

「私、ずっと奴隷のように囚われたままだと思ってた。でも、スライが居てくれたから、自由になれた。まだあんまり実感が無いけど、みんなスライのおかげだから。本当にありがとう」

 ジェントリーが見せた満面の笑みに、スライは赤面する。

「い、いや、俺はただ……」

「そういえば、あの時の言葉って、本当?」

「え、あの時の言葉って――」

 スライは記憶を巡らせる。ジェントリーに云った言葉。何があっただろうか。

「ほら、ニードルに捕まって、どうして引き渡さないのか聞いてきたときの!」

「――あぁ、あの時か」

 思い出した、あの言葉だ。本当は、ちゃんとした場面でこそ、相手に伝える言葉だったが、あのときは仕方が無かった。

「本当だよ……」

 スライは、ジェントリーに向き直る。

「俺は、ジェントリーのことが好きだ!」

「……!」

 スライの告白に、ジェントリーは言葉を失った。身体の奥底から、熱い気持ちが込み上げてきて、苦しくなる。

「スライ、私も……私も自分の気持ちを、云ってもいい?」

 ジェントリーの言葉に、スライは頷いた。

「私も……スライのことが好き!」

 顔を真っ赤に染めて、ジェントリーが云う。

「ほ……本当!?」

「私、嬉しかった。スライが私のことを好きと云ってくれて。スライ、ずっと一緒にいてくれる?」

「じゃ、じゃあ……!」

「スライ、これからもよろしく!」

 ジェントリーは嬉し泣きをしながら、スライに抱きついた。尻尾は、激しく左右に振られている。スライはそれを受け止め、ジェントリーの温もりを感じながら、しばらく抱き合った。



 土曜日の夜が来た。安いアパートの一室で、スライは新聞に目を通していた。

「スライ、ちょっと来てー!」

「今行くよー!」

 呼ばれたスライが新聞を畳み、移動する。どこからか、いい匂いがしていた。

 居間に移動すると、スライは目を見張った。

「どうしたの、こんなにたくさん!」

 テーブルの上には、いくつもの料理が並んでいた。台所には、エプロンを身につけたジェントリーが立っている。今日は、誰かの誕生日だっただろうか?

「今夜は特別よ」

 ジェントリーが微笑む。

「だって、土曜日の夜だからね!」

「すごいなぁ……美味しそう」

 スライがテーブルに着くと、ジェントリーもエプロンを外し、テーブルについた。

「さ、冷めちゃわないうちに食べよう」

「そうだね。じゃあ、いただきま――」

「あっ、ちょっと待って!」

 ジェントリーはそう云うと、少し頬を赤らめる。

「スライ、ちょっといい?」

「え、何を――」

 スライが訊こうとした瞬間、唇を塞がれた。

 唇を塞いだのは、ジェントリーの唇だった。

「――!」

 スライは驚き、身体中が熱くなるのを感じる。少しの間だったが、スライにはとても長い時間に感じられた。

「……ぷはっ! ふふ……」

 唇を離すと、ジェントリーは微笑む。

「……ありがとう、スライ」

 驚くスライに満面の笑みで、ジェントリーは云った。尻尾が、左右に揺れた。

 そして、二人の土曜日の夜が始まった。



終わり

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サタデーナイトスペシャル ルト @ruto_kun

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