第3話 kick the regret
「スライは、悪くない」
ジェントリーがやっと見つけた言葉に、スライは顔を上げる。
「あいつは、人じゃないわ。人の皮を被った悪魔よ。だから、スライは人を撃っていないの。誰が何と云おうと、スライは人を撃ってなんかいない。私は、そう思っている。だから、そんなに落ち込まないで……」
必死で、ジェントリーは言葉を繋ぐ。何としてでも、落ち込んでいるスライに立ち直ってほしい。その一心で、ジェントリーはスライを励ました。
「ジェントリー……ありがとう」
スライは少しだけ笑顔を見せた。
「おう、お前らぁ……」
聞き覚えのある声に、二人は反応する。全身の毛が逆立ち、冷や汗が流れる。
「さっきは、よくもやってくれたなぁ……」
ニードルだった。
「な、なんで!?」
ジェントリーが目を丸くする。
「い……生きていたのか……!」
スライは、ニードルを睨む。
「全く、油断しちまった……」
ニードルは、ジャケットの前を開いた。ジャケットの下に、防弾チョッキが見える。
「防弾チョッキが無かったら、本当に危なかった。つけておいて、本当に良かったぜ」
すると、ニードルが右手を挙げた。物陰から黒スーツのマフィアが現れ、あっという間に二人を拘束してしまった。とっさの出来事に二人は逃げることもできなかった。二人はガムテープで両手を拘束され、スライは隠し持っていたサタデーナイトスペシャルを奪われた。
「さて、このままお前たちを再び牢屋に戻すか、もしくは殺してもいいんだが……」
二人は、最悪の事態を頭の中で思い浮かべる。
「それだけじゃあ、面白くない。だから、スライ君。君と取引をしようと思うんだ」
ニードルの言葉に、二人は首をかしげる。
「取引って、何だ……?」
「そうだねぇ……今ここで、ジェントリーをこちらに引き渡して解放されるか、二人揃って、ここで死ぬか。そのどちらかを選ぶ、というのはどうだろう?」
「……っ!」
スライは、目を見張った。どちらも、とても飲めない。
「くそっ……」
スライは悪態をついた。
「ねぇ、スライ……」
ジェントリーが、口を開いた。
「今、ここで私をあいつらに渡せば、スライは助かるわ」
「確かにそうだけど……」
「だから、私をあいつらに引き渡して」
ジェントリーの言葉に、スライは首を横に振る。
「ダメだ! そんなこと、死んでも嫌だ!」
自分だけ助かるなんて、スライには考えられない選択だった。その選択を選ぶくらいなら、ここで死んだ方がマシなはずだ。
すると、ニードルが部下に視線を向け、そっと手を動かす。先ほどまで下を向いていた銃口が、水平になった。銃口はその全てが、二人に向けられている。
「安心しろ、なるべく苦しまずに死ねるようにしてやる」
嘘だ。スライは確信した。ニードルの目は、嘘をつくときの目をしている。急所をわざと外して、もがき苦しみながら死ぬ様子を見て楽しむに違いない。
「なぁ、ニードルさん」
スライは、口を開いた。
「どうして、ジェントリーを奴隷商人なんかに売り飛ばそうとしているんだ?」
「それをお前が、知る必要があるか?」
ニードルは静かに笑う。やっぱり、そう簡単には教えてくれないか。
「まぁいい。冥土の土産に教えてやる」
拍子抜けしたスライを横目に、ニードルは云った。
「その少女は獣人だ。獣人はな、マニアが高く買ってくれるんだよ。特に熱心なマニアに至っては、相場の倍以上の価格を支払ってでも、手に入れようとするんだ。どうだ、ボロい商売だろう? もし俺と手を組んで商売をする気になったのなら、解放してやってもいいぞ?」
「ふざけるな!」
スライは怒鳴る。ジェントリーを売り飛ばすわけにはいかない。マニアの手にジェントリーが渡るなんて、想像するだけで胸が苦しくなった。
「そうと知ったら、絶対にジェントリーは渡せない!」
「これはまた、ずいぶんとお熱だな。逆に聞きたい。どうしてお前は、ジェントリーにこだわるんだ?」
今度は、ニードルが訊く番だった。
「それは……」
スライはその理由を、口にするべきか悩む。本当ならその理由は、こんな場所でこんな状況の中、口にする言葉ではない。
「ノーコメントは、なしか?」
「なし、だ」
ニードルが云う。仕方がない。ノーコメントが許されないのなら、不本意だが理由を口にするしかない。
「じゃあ教えるよ。理由は……ジェントリーのことが好きだからだ」
ニードルが目を見開き、ジェントリーもスライの隣で同じように目を見開く。そしてジェントリーは、顔を真っ赤にした。頭にある獣の耳が、ピクピクと動く。
「それが、理由なのか……?」
「理由で、悪いか?」
「……交渉決裂、だな」
スライに、さっきまで自分の手の中にあったサタデーナイトスペシャルの銃口が向けられる。
「私もこのようなことはしたくないが、仕方ない」
「スライ……」
ジェントリーは目をつぶる。人が殺される瞬間を見ると、どうにかなってしまいそうな気がした。
「……まだだ」
スライはニードルを睨みつける。
「まだ、チャンスはある。今日は土曜日の夜だ!」
「土曜日の夜だから、どうしたっていうんだ?」
ニードルは首をかしげる。
奇跡を起こしてやる。スライは一瞬の隙を突き、ニードルに頭突きを食らわせた。
「ぐあっ!」
「ボス!」
しかし、声を上げたのはスライだった。動きを、完全に見破られた。サタデーナイトスペシャルのグリップで鼻先を叩かれたスライは、悶絶する。
「スライ!」
「しまった……」
スライは痛みに耐えながら、舌打ちする。行動を、読まれてしまった。
「往生際の悪い奴め。殺すのは最後にしてやる」
ニードルはそう云うと、サタデーナイトスペシャルの銃口を、ジェントリーに向けた。
「ジェントリー!」
「スライ、ごめんね……」
ジェントリーの目から、一粒の涙が零れる。ニードルはそっと、サタデーナイトスペシャルの引き金に、指を掛けた。ジェントリーの命が消えるのは、時間の問題だ。
「……ッ!」
自分のせいで、ジェントリーが絶体絶命だ。
スライは全身にアドレナリンが走るのを感じる。ジェントリーを守れるのは、自分しかいないんだ!
両腕に力が入る。
「うおおお!」
渾身の力で両腕を動かすと、拘束していたガムテープが裂けた。拘束が解け、自由になったスライは、無我夢中でニードルに飛びかかる。
「んなっ!?」
バカな!? 拘束したガムテープは相当強力なもののはずだ!?
ニードルがそう悲鳴を上げる前に、スライはニードルの手首を捻り、サタデーナイトスペシャルを奪い返した。そして躊躇することなく、ニードルの額に銃口を向け、引き金を引く。弾丸が飛び出し、ニードルの額に風穴が開いて倒れる。
「ボス!」
部下のマフィアが叫ぶが、それしかできなかった。
「ジェントリー、伏せろ!」
スライが叫び、ジェントリーはその通りに地面に伏せ、目と耳を塞いだ。
スライは即座にマフィアに銃口を向け、次々にマフィアに弾丸をぶち込んでいった。弾丸が切れると、マフィアが落とした銃を広い、さらに撃ち続ける。
銃声が聞こえなくなり、ジェントリーが起き上がって目を開く。目の前に、ニードルが横たわっていた。額から大量の血を流し、息はしていない。辺りを見回すと、先ほどまで取り囲んでいたマフィアが、全員倒れていた。
「スライ……!?」
近くにいたスライは、弾丸を撃ち尽くした銃を捨て、新たなサタデーナイトスペシャルを拾い上げた。
「もう大丈夫だ」
スライはそう云うと、ジェントリーの手を握った。簡単なことでは離しそうにない、力強い握り方だった。
「もうこれで、マフィアに追われる心配は無くなった。後は、この町を脱出するだけだ」
再び逃走を開始した二人は、人気のない道を通り、工場地帯の近くまでやってきた。
「スライ、大丈夫なの?」
ジェントリーの言葉に、スライは首をかしげる。
「大丈夫って、何が?」
「マフィアに追われる心配は確かに無くなったわ。もう追手はいないと思ってもいい。でも、スライはマフィアとはいえ、人を殺しちゃったのよ」
あぁ、そういうことか。スライは納得した。
「やっぱり、人殺しと一緒にいるのは、嫌?」
「そうじゃないの! そんなことはどうでもいいの!」
じゃあ、どういうことだ?
スライは再び首をかしげる。
「さっき、マフィアに捕まる前にニードルを撃って、ショックを受けてたじゃない。それは大丈夫なの?」
「あいつらは、人じゃなかった」
スライは誰かが云った言葉を、そのまま口にした。
「そう誰かから聞いた時、全てが吹っ切れたんだ。もう後悔する必要は無い。俺は人を撃ったんじゃない。人の皮を被った悪魔を撃ったんだ」
走りながら、スライは微笑む。
「心配してくれて、ありがとう。俺はもう大丈夫だ」
悩みを隠している様子は見られない。どうやら、本当に大丈夫なようだ。
「そう……」
ジェントリーは安心する。そして、本当に自由になれるんだという気持ちが、自分の中に確かに芽生えてくるのを感じた。
しかし、そんな二人を見つめる、一人の男が工場地帯に潜んでいた。
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