命の煌めき
灯火野
命の煌めき
地元のテレビ局や新聞社は素知らぬ顔をして取材にやってくる。今年の出来はどうでしょう、今年の目玉はなんでしょう、祭りに向けて意気込みをどうぞ……。
「一昨年みたいになんねーといいんだがな」
取材がひと通り終わって記者が立ち去った静かな部屋で、オヤジさんが右頬をさすりながらボソリとつぶやく。やけどの痕が赤く、そこだけ皺がなくてのっぺりとしている。あの傷ができてから約二年、俺はあれ以来オヤジさんの顔をまともに見れていない。
一昨年の夏祭り、尺玉が一つ打ち上げに失敗した。空中で尺玉が花を開かず不発弾として落ちてきたと思ったら、突然火を吹いて爆発。死亡者ゼロは不幸中の幸いだった、地域住民はそう口を揃える。
「着火の仕方が悪かったのかもしれないし、あんただけの責任じゃないさ。よくあることとは言わないけど、毎年のように引きずってちゃキリがないわよ」
仕事終わりの風呂あがり、食卓で缶ビールを開ける。そういえば父さんもこうやってヱビスを嗜んでいた。
「そうは言うけど、俺の花火でオヤジさんに……俺じゃない誰かに怪我をさせたわけだし」
「じゃああんたもやけどしてみる?」
生姜焼きが焼きあがったフライパンを俺の方にちょいと向けて、母さんがフッと笑った。豚肉とタレが鉄板の上でジュウと踊る様子を見ると、右頬がもぞもぞする。いっそ叱ってくれれば、どんなに気が楽だろう。
「仏さんにご飯あげてるから、先食べてて」
毎年夏祭りの時期、父は『父』というより『男』って感じの顔をして家を出ては帰ってきた。そして俺が中学二年の時、祭りの準備だと早朝に出かけたきり帰ってこなかった。父は花火師だった。その年一番の目玉と言われていた
――もしもし、もしもし! それは、本当なんですね? ……はい、すぐ行きます。
彼女もいなかった俺は、その年も母と二人で花火を見に行っていた。なにやら不穏な光が見えたと思った瞬間に鳴った電話だった。
音や火や彩りよりも、その大きさに魅せられた。父の遺志を、というよりただ惹かれるままに花火師を志した。父の知り合いに地元の花火業者を紹介してもらい、資格勉強を乗り越えてなんとかやっている。
「こんにちは! お世話になってます」
夏スーツに身を包まれた俺と同い年くらいの若い男が工場に入ってくる。花火シミュレーターのコサカさんだ。
「こんちは、今オヤジさん呼びますんで」
「敬語はいいっていつもいってるだろ〜? あ、こんにちは!」
オヤジさんが奥の方から出てくると、コサカさんはまず握手を求める。これはコサカさん流のコミュニケーションだ。
「いよいよですな、あんたの演出はなかなか気に入ってるよ」
「みなさんの花火あってこその仕事ですから、これくらい魅せなくちゃ。今日は全体のイメージが形になったので、いち早くお見せに上がろうと馳せ参じました」
パリッとした外向きの言葉遣いにくだけた感じが消えないのが、工場のおじさん達に受けがいい。担当が変わって二年目、コサカさんはやり手だった。
「おお、そりゃご苦労さんです。お前も見るか」
「どうぞどうぞ、みなさんで」
「じゃあ……」
ぞろぞろと工場のみんなが集まって、ちょっとした上映会のようだ。コサカさんが綺麗な指先でキーボードを叩き、ノートパソコンの画面が一旦暗くなる。
「ではいきますよ」
エンターキーを推した数秒後に、静かに音楽が流れ始める。
映像が終わると、どこからともなく拍手が湧いた。コサカさんが照れたように頭を掻く。
使用する花火などの最終確認をオヤジさんと行い、職場に戻ろうとするコサカさんに俺は声をかけた。
「すごかった。あんな風に出来るのってやっぱ才能ですわ」
「はは、そんなことないよ。想像ってのは刺激から生まれるんだ」
一瞬迷ったような表情を見せ、コサカさんは真顔になって小さく頭を下げた。
「君のお父様のこと、聞いたよ。御愁傷様でした。……不謹慎な話かもしれないけど、今回のイメージはその話を元にしたんだ」
俺の頭に、さっきの映像が蘇る。コサカさんは頭を上げた。
「花火から離れたところでボタンをポチッとやれば簡単に打ち上がる時代だよ、今は。でもやっぱり、花火は多くの命を背負ってるんだと思った。最後の一発、良かったでしょ」
「はい、すごく。なんかチマチマした花火よりも、一発大きく勝負に出るような花火の方がいいっすよね。なんか頼もしくて……」
そこまで自分で口にして、ああ、と思わず呟いた。
俺は花火の『大きさ』に魅せられて、花火師を志したのだ。
「君にそう言ってもらえたなら、僕はもう満足」
それじゃ、と軽く手を振って、コサカさんは工場を去っていった。
打ち上げ当日はすっきりと晴れて雲もなく、風向きも悪くない最高の花火日和だった。夜空の星がちらほらと花火を飾る。アナウンスが最後の目玉花火——コサカさんが手がけた花火が打ち上がるのを知らせると、しんと客席が静まり返る。
スピーカーから流れる曲と同時にふわっと下から湧いた光は、橋いっぱいに流れるナイアガラ。そこからV字に交差する虎の尾が幾何学模様を作り上げている間に、打ち上げ花火の昇り竜が夜空に儚い線を描く。花が咲き、鳥が舞い、その度に観衆の顔が照らされては闇に消える。
『最後の大花火は、みなさん花火師の命そのもの。あなた達が生きているから、花火があがる。生きていることに誇りを持ってほしくて、こうしたんだ』
静まったかと思われた暗い夜空に一筋、際立って高く上がる昇り竜。その道筋のなくなったところで光は大きく花咲いて、遅れて爆音が胸を打つ。それは生まれたての鼓動のようにこだまして、観客達は息をのむ。
「でけえな……」
大きすぎて遠すぎて、幻のようだ。
父の命日、俺は大輪の花に父の面影を見た。
命の煌めき 灯火野 @hibino_create
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