第3話
「ダイキライ」なんて言ってみたって、
「ダイスキ」って微笑んで
「ヤメテヨ」なんて言ってみたって、
「ヤメナイ」って抱きしめる。
そんなことされたら、ちゃんとバイバイできなくなる。
ツラい思いをさせたくなくて、別れるために先回り。
それなのに、どうして察知してしまうの?
ただずっと笑ってほしくて、悲しい出来事に触れさせたくないのに。
「ダイキライ」なんて哀しい嘘を、
「ダイスキ」で塗り替えて
「ヤメテヨ」なんて強がりな嘘を、
「ヤメナイ」ことでフタをする。
痛みや苦しみ、悲しみすべて代わってあげたいなんて、
涙でぐちゃぐちゃの顔で言われたら、
もう縋りつくしかなくて。
握られた手のぬくもりにほっとする。
泣かせたいわけじゃなかったのにな、
遠くでそんなことを思いながら。
どんなにどんなに望んだって、事態はどんどん悪化して。
痛みも苦しみも、ちっとも消えてくれなくて。
本当はいつだって、キミの横で微笑んでいたかった。
それでもそんな余裕はほんのカケラも残されていなくて。
傍で寄り添っていてくれる、優しいキミの姿にすら無性に腹が立って、
わけのわからない八つ当たりを繰り返す。
そんな自分に嫌気がさして、さらに涙を流したら、
泣くのをこらえたブサイクな笑顔のキミがいて、
どうしようもなくて少し笑った。
一人の夜にはときどき襲われる。
キミのいる世界から自分が消えてしまう恐怖と、それが迫ってきている焦燥感。
重くて湿った、消毒液臭い布団の中で、一人悶々と考える。
なぜ私たちは一緒にいられない。
誰も知らない暗闇の先の世界へ、私だけ行くことが決まっていて。
明るくても寂しい私のいない世界にキミだけが取り残されて。
でもここに在る現実はただ一つ。
私はキミとはいられない。
私という肉体は、確実に滅びゆく。
そしてそれでもキミだけは確実にここに残る。
その矛盾に涙を流す。声をあげて泣きじゃくる。
どんな体の苦しみより、どんな頭の痛みより、
その事実が痛かった。
流す涙で、すべての事実が洗い流されていくならば、
どれだけ素敵なことだろう。
目覚めたら、これまでの苦しみの全てが夢だったなら、
どれだけ嬉しいことだろう。
そんな無意味な妄想を繰り返しながら、自然と眠りに落ちていく。
もうどれほどか時間が過ぎて、私はだんだん眠ることが増えてきた。
あれだけ苦しめられてきた痛みも、
ほとんど感じることはない。
これでキミとずっと一緒にいられるなら、何も言うことはないのにな。
ふわふわと思いながら、眠る私が見る夢には、いつもキミが登場した。
キミは優しく笑っていて、私はまるで健康な娘みたいにふっくらして、笑うキミの横にいる。
あの山には秋にキミと行った。
あの海には夏にキミと行った。
二人で作った思い出が、夢という形で私の中に甦る。
その余りにも幸せな時間が、来たるべき別れの時への恐怖に変わる。
それでも、せめて夢の中だけではキミの隣で笑っていたいの。
幸せな夢に浸りながら、私はほっこり微笑んだ。
そしてなぜだか確信した。
お別れの時がそこまで来ていることを。
離れざるを得ない日が、目の前にあることを。
「イキタクナイ」って言いたいけど、「イッテキマス」って言い換える。
「バイバイ」なんて言いたくないから、「マタネ」って言いなおす。
どれだけ本音をぶつけたところで、私は逝ってしまうから。
それなら希望があるほうがいい。
ひとりはほんとは寂しいけれど、たくさんのダイスキをもらったから。
その思いでのおかげで、しばらくは温かく過ごせるから。
だからキミは、たくさん生きて。
私のいない世界でも、力強く楽しく生きて。
生きて生きて生き抜いて、そして最期の時が来たならば、
「遅かったね」って笑ってあげる。
だから、ほんのちょっとだけ。
人類の歴史のなかで、ほんの一瞬のバイバイを。
「バイバイ、マタネ。アイシテル」
ダイキライ/ダイスキ マフユフミ @winterday
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