選択の時

 そこには彼より少し年上の女が立っていた。

 「あんたは誰だ!なぜ、こんな夢を見せる!」

 「そうね。簡単に言えば、

  キミの中にいるもう一人の人格といえばいいのかしら。」

鮮やかで、妖艶な笑みを受けべながらそう答えた。

 「私はキミの記憶が消される前から、

  キミの中に存在していた。

  いいえ、あいつ(父親)の虐待が始まった時に、

  キミを守るために生み出された。

  もう一人のキミの人格…

  あの時は、流石にバッドで殴った時は力が弱すぎて

  殺すことができなかったけど。」

彼女は、鮮やかな笑みを浮かべながら言った。



 虐待を母親が知ったきっかけは、

クローゼットで血まみれで倒れている父親と

血の付いた金属バットを抱きしめたまま、クローゼットの前で返り血を浴びたいた彼の姿を見たことで事態は動き出した。

けれど確かにそこだけの記憶が彼にはなかった。

気づいた時には,虚ろな表情で母親が泣いていたの見つめていた。

 「あれはキミが…!」

 「ええ、誰にも言えない、誰にも助けてもらえない。

  キミの願いが私を産んだ。

  私が覚醒し目覚めて初めてあの男を見た時、

  あいつの目は獣そのものだった。

  キミの悲しみ、絶望、憎しみ、恐怖が私にも伝わってきた、

  そして守ろうとした。」

 ―ああ、そうかだから今日の彼女の姿が幼い頃の自分と重なり、

  怒りを覚えたんだ。

 「けれど、無理やり記憶を消去されて、私は眠りについた。

  キミが穏やかに生きていけるなら、私は役目は終わったと…

  でも今回のレイプ事件が引き金になって、キミは無自覚のまま、

  彼女の姿を自分に重ね、おぞましい記憶を戻してしまった。皮肉な話ね。」


 彼女はおもむろに彼に手を差し出した。

 「選択なさい。このままトラウマを抱えてレイプ事件の事を耳にする度に、

  幼いころの記憶と苦しみながら生きていくか。

  私と共存し彼女のような人間の代わりに裁き下すか。」

 「裁きって…」

 「警察が捕まえる前に裁きを下し、逮捕させる。」

彼は幼い記憶を思い出したばかりで、体が震えていた。

大体、途方も無い話だと思った。

今の犯人の手がかりだってわからないのに…

犯人から受け傷は決して軽くはない。

でも、自分のようになってほしくないと彼は願った。

いつか立ち直ってくれるのなら

自分の体はもうやり直すことできないくらいに汚れている、

今更この手を汚しても構わない。


しばらく目を閉じ考えた。

そして目を開け彼女の手を握った。

 「無謀でもいい彼女たちの傷が少しでも癒えれば!」

 「やっぱりキミは強い子ね。私の名前は琴葉。

   これからキミは私と一緒に裁きの代行人として生きていくのよ。」

琴葉はギュッと彼を抱きしめた。

途端、彼は彼女の腕の中で子供のように泣いた。

 「今は泣きなさい。それからでも遅くないのだから…」

彼女は彼の髪を撫でながら、そうつぶやいた。

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