同調



 彼女を保健室に連れて行ってから、

普段は静かな保健室もバタバタと騒がしくなった。

彼は彼女をベッドに横たわらせている傍ら、

保健教師が青ざめた表情で警察に連絡していた。

数十分後、刑事らしき男達が保健室を訪れ

第一発見者の彼に色々と聞かれていた。

その場で簡単な事情聴取をされた。

簡単と言いながらも、あれこれ聞かれて彼自身もあまりいい気分ではなかった。

その間も彼女は嗚咽を漏らしながら泣いていた。


怒り…

悲しみ…

絶望…

恐怖…


彼女の鳴き声を聞きながら、そんな言葉が浮かんできた。

けれど、彼にはこれ以上どうすることもできない。

 ―もし…もし、ボクがもっと早くにあの場所に行っていれば、

  犯人は捕まえられなかったかもしれないけど、

  助けることができたんじゃないか?

言葉にならない胸の痛みと悔しさが彼の感情を支配していた。

 ―今日会ったばかりなのに、この感情は…

違和感のある感情。

それはまるで、自分が経験者であるかのような心の痛み…


 今日はもう帰っていいと警察に言われ、保健室を出た。

よろよろとしながら、カバンを取りに教室に戻ろうと歩き出した時だった。

 「キミ!」

後ろから女性の声が聞こえた。

振り返ると保健教師だった。

 「これ、キミのだよね?」

先生が手にしていたのは、彼女に咄嗟に着せたシャツだった。

 「…あ、はい。」

 ―色々とごちゃごちゃしてて忘れてた。

先生の手からシャツを受け取った。

 「…彼女がね。キミを巻き込んでごめんなさいって。」

 「そんな事を!」

 ―あんなにボロボロでひどい状態なのに、ボクに謝るなんて…

 「オレがもっと早くにあの場所に行っていれば、

  助けられたかもしれないのに!…

  オレは、何もできなかった。何もしてあげられなかった!

  犯人を捕まえることも。

  彼女を守ることも!」

 「…ううん。そんなことないわ。普通ならあんなひどい状態の彼女を見たら、

  誰かを呼んだり、そのまま逃げる人間だっているのに、

  よく一人で頑張ったわね。」

 「…先生…」

 「キミは自分のできる範囲で最善を尽くした。

  だから自分を責めないで、悪いのはキミじゃない犯人なんだから。

  あとは警察に任せましょ?」

  「でも…これから彼女は…」

恐る恐る聞いてみた。

先生はうつむき、首を横に振る。

 「精神的にもかなり傷ついているし、立ち直るのにかなり時間がかかりそう。

  最悪の場合は一生立ち直れないかもしれない…」

先生は力なく答えた。

 「そうですか…。オレ、彼女に何もできないけど立ち直れるように

  時々会いに行くって伝えてください。」

それが今の自分にできる精一杯の事だと彼は思った。

 「…キミ…」

 「オレ、もう帰ります。」

先生から渡されたシャツを羽織り、ささくさと帰ろうとした。

ここにいるとボクの心まで折れてしまいそうな気がして…

 「オレはこれで。」

軽く会釈をして、教室に向かうために背を向けた。

 「キミは…強い子ね。」

先生がポツリとつぶやき去って行った瞬間

ドクン!ドクン!

その何気ない言葉が彼の心臓の鼓動を早くさせた。

 「……!?」

キーン

頭が割れるように痛い。

  ―今までずっと耐えてきたね。これからはキミは私が守る。

頭の中で誰かが彼に語りかけてきた。

  「…だ…れだ…」

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