これは崖じゃない!三段壁だ!
綾部 響
那智の滝―千畳敷―三段壁
―――ドガガガガッ!
なんとも凄まじい衝撃波が彼を襲います!しかしそのどれも、彼に傷を負わせるには至りませんでした。
ボックはピノン。目の前で戦っている彼の愛鳥です。
「いい加減にぃーっ!観念しやがれぇーっ!」
その言葉と共に、巨大な空気の塊を敵の頭に落としたのは、ボックの御主人様「
「ぐはっ!」
直仁様の攻撃を受けて、敵は空気の塊に押し潰されて気を失いました。
「直仁、やりましたのー!」
それを見て、ボックと共に岩影で隠れていた女性が飛び出し、彼にそう声をかけます。
彼女はマリーベル。今や直仁様のパートナー的立場を確立している女性です。
「ああ、マリー。今回もこの装備が俺には合ってたようだ。いつも助かる」
「いやいやー、そんなに面と向かって言われると、かなり照れますぞー」
彼女は両手を前に突き出し両掌を直仁様に向けて、頻りに左右へと振ってそう答えましたが、どうやらまんざらでもなさそうですね。
「もう!ピノンはそんな事言わないのー」
そして彼女は、ボックの言葉が唯一分かる人間でもあります。
戦闘が終わると、周囲には本来あるべき滝の奏でる涼やかな音が響き渡り、気付けば肌寒くなるほどの冷気が辺りを埋め尽くして行きました。
ここは日本一の落差と水量を誇る、日本三大名滝が一つ、熊野の名勝「那智の滝」です。「異能者」の犯罪集団を追いかけて西へ、まるで名所巡りのように色んな所を巡って、とうとうここまで来てしまいましたが……この「那智の滝」とは何とも雄大な眺めですね。
「うん……何と言いますか……神懸かった物を感じまするー……」
まるでその滝に意識を奪われたように、マリーは那智の滝を見上げています。
「確かに……何とも言えない迫力だな……」
直仁様もその視線を追い、マリーと同じものを見上げました。
ここは熊野古道の入り口にも当たる、霊験あらたかな滝なのです。ここから何かを感じ取ったとしても、それは当然の事なのです。
「へー……
「いや、マリー。『熊野古道』だから……」
「Hey!スグッ、マリーッ!ここでノンビリしてる暇なんかないわよーっ!」
その時、坂道の下から此方に向けて、快活な良く通る声が投げ掛けられました。金髪碧眼の如何にもな欧米人は、直仁様と同じ「異能者」のクロー魔です。
「逃げた一団は西に向かったよ。恐らく海側に出ると思う。それとマリー、抜け駆けイクナイ」
クロー魔は状況を説明した後、マリーにジト目を向けました。
「ヌケ……ッ!?な……なんですのー!?わた……私はそんな……」
動揺しているマリーは、チラチラと直仁様に目を遣りながら、ゴニョゴニョと言い訳をしています。しかし……ああ……しかし……。
「……そうか、すぐに後を追おう、行くぞ、クロー魔っ!マリーッ!」
直仁様はそう言うと、スタスタと坂道を降りていきます。まだまだ直仁様には、色恋沙汰を感じると言う事は難しいようですね。それを察した二人は、顔を見合わせて溜め息混じりに直仁様の後へと続きました。
「ここは……だだっ広いな……」
大小様々な岩石が海辺の際まで連なり、その岩には太平洋の荒波が打ち付けています。広大な面積に敷き詰められた岩礁は、長い年月の風化と侵食で平らに均され、所々に穴が有るものの遠目に見ればまるで巨大な広場のようです。
「
「いやだから、ここは『千畳敷』だから……」
どうやら今回直仁様は、ツッコミ役が与えられているようです。確かに畳千枚でも敷き詰められそうなほど広い空間です。
「これだけ広かったら、あたしの独壇場だねっ!任せておいてっ!」
前方を海の方へと逃げる敵に、足場の悪さも顧みずクロー魔は駆け出しました。
「あたしの新しい
そう言ってクロー魔は立ち止まり、逃げる前方の敵に人差し指を向けて、片目を閉じて狙いを定めました。
「ずきゅんっ!」
「うわっ!」
クロー魔がそう口にした途端、数百m前方の敵が一声叫んで倒れ込みました。どうやら彼女の新しい「擬音」は狙撃タイプのようです。
「これで後一人ね」
追い付いてきた直仁様達に振り返り、クロー魔はそう切り出しました。
「行き先は分かってるのか?」
「……今連絡が来たわ。どうやらここから北の断崖絶壁を目指してるみたいね」
直仁様達が着いた先は、目も眩むような断崖絶壁を有する観光地でした。
―――三段壁……。
そう呼ばれる崖の際に、直仁様達は最後の敵を追い詰めました。何故此処に彼が逃げ込んだのか定かではありませんが、逃げ切れないと悟った背水の陣なのでしょうか。確かにこの崖から落ちれば一溜まりもありません。
敵は此方に向けて、周囲の石を操って手当たり次第にぶつけてきます。しかしそのどれも、ボック達に当たることはありませんでした。全て直仁様の防護障壁が防いでくれています。
「どうするー、スグー?あたしがやっちゃう?」
ただクロー魔の「異能力」だと、敵に意識が残っていればそのまま崖から飛び降りかねません。
「……って、ピノンがいってまするー」
ボックの言葉をマリーが伝えてくれました。
「……任せろ」
そう言って直仁様は、敵に向かい右掌を翳しました。
―――バリバリバリッ!
「ぎゃーっ!」
直仁様が作り出した電撃が、一撃で敵の意識を刈り取り、敵はその場で倒れ込みました。
「終わったねー」
クロー魔の言葉で安堵するボック達の目には、今まさに太平洋へと沈んで行く太陽が、美しい青と赤のコントラストを作り出していました。
これは崖じゃない!三段壁だ! 綾部 響 @Kyousan
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