望まぬ異世界転移録~フャンギャラ・エピソードNOZOMU~

大福介山

第1話 異世界人レオンとの出会い

 鼻を伝う香しい匂いに意識が覚醒。閉じた瞼越しに感じたかすかな光で目を覚まし瞼を開ける。


 一番最初に視界に映ったのは自分の家ではない見知らぬ白い天上。

 ゆっくりと体を起こす。身体の節々に痛みが走る。自分の腕や頭。身体のあちこちに包帯が巻かれている事に気付き、思わず手で触れる。顔にはガーゼや絆創膏も貼られている。足にも巻かれており、どうやら自分が相当の怪我を負った状態である事を認識。痛みはあるが動けないということはなかった。

 寝ぼけ眼で辺りを見渡す。やはり知らない部屋だ。この状況から察するに、怪我を負った自分は手当を受け、何処かのベットに寝かされているらしい。


 部屋は広く、大広間かリビングと思われる。西洋文化でも東洋文化でもない奇妙な雰囲気と作り。懐かしさも感じさせるがそれでいて別の国に迷い込んだような気分になる。家具も一見するとどの家庭にも置かれていそうな物だが、何かが違う気がしてならない。この奇妙な違和感は何だろうかと疑問に感じる。


 部屋の灯りがついているということは、直前まで誰かがここにいたのだろうか?


 しかし、それ以前に自分が何故このような場所にいて何をしていたのかわからない。


「お、起きたか」


 ドアが開く音と共に男の声が聞こえ、その方向に視線を向ける。


「大丈夫か? できる限り治療は済ませたけどよ」


「あ、ああ……大丈夫だけど……」


 部屋に入るなり気遣うように話しかけてくれたのは、日本人とは異なる堀の深い顔立ちをした少年だった。自分と変わらぬ年齢のようにも見えた。彼が手当てしてくれたのかと感謝の思いがこみ上げる。


 しかし、その少年は明らかに異質な外見をしていた。


 髪と瞳の色が鮮やかな水色だったからだ。それでいてよくよく凝視すると、顔立ちも妙に現実離れしている。服装は現代日本でも着用されているジーンズにシャツやベスト。だが少年の容姿も相まって、ファンタジーやSFの住人が現代の服装を着ている様にしか見えなかったのだ。


「飯食えるか? 今ダチと一緒に作ってんだけどさ」


「え? ああそうだな……」


 そう言われると、自分が腹を空かしている事に気付いた。きっと眠っていて何も食べていなかったのだろう。


「俺はレオン・ライトブルー。よろしくな」


 少年はベットの横に置いてある木造のチェアに座るなり、快活な笑顔で手を差し伸べ握手を求める。自然とこちらも笑顔になり、軽く握手を交わす。


御門みかどのぞむです。よろしく」


「ああやっぱりニポン人だったか」


「え? なに?」


 微妙に間違えている言葉に違和感を感じて思わず聞き返す。おそらく日本人と言いたいのだろう。


「お前ニポン人だろ? その顔立ちとか……微妙に違うか? ああ、あと言葉とかよ」


「あのもしかして日本人のこと?」


「え? ああそうか二ホン人か。わりぃ間違えたわ。よくあることだ気にするな」


 レオンと言う名の少年は軽く間違いを訂正して悪びれる。


「えっと……君が手当てしてくれたんだね? ありがとう……」


「正確には今キッチンで飯作ってるチビがな。俺は森ん中で倒れてたお前を発見して応急処置を済ませてこのアジトに運んだだけだ」


「ああなら後でその子にもお礼を言わないと、でもありがとね……ちょっと待って、俺って森の中に倒れてたの!?」


 さり気なく聞き飛ばしてしまうところだったが、自分が森の中で倒れていたという事実を今初めて知った。レオンに詰め寄る。


「ああ、街外れの公共森林地帯にな。って、やっぱり自分がどうしてここにいるかわかってないか……」


 レオンは頭を抱えつつ苦笑いを浮かべた。どういう意味なのか理解できなかった。


「いやぁ時々いるんだよな。こっちに迷い込んじまう次元漂流者」


「じげん……ひょうりゅう、しゃ……? 迷い込む?」


「ああ。此処は異世界だ」


「……はぁ?」


 素で感情的な反応を返してしまった。直ぐに口を押さえてが手遅れ。彼はこっちの反応に対し多少面倒くさそうな表情になり溜息をつく。


「ああ……まあ当然の反応だよなぁ……めんどくせ……」


「あ、いやあの……気を悪くしたならごめん」


 しでかした。レオンの不機嫌な態度をどうにか戻そうと、別の話題を考え始めた望は、彼の神と目の色について聞いてみることにした。


「その水色の髪色は染めてるのかな? 眼もカラコンも入れてるの?」


「いや地毛だし。わざわざ染めるわけないだろ? カラコンってなんだよ?」


「ああ……そうだよねぇ……あはは……」


 どうやら完全に逆効果だったらしく、不信感を抱かれた上に冷めた視線を送られてしまった。レオンは溜息交じりに左手で頭髪を掻きながらチェアに座り込むと、真剣な眼差しで望を覗き込む。思わず身構えて唾をのみ込む。


「いいかよく聞け。ここは地球の裏側の次元に存在する異世界ジアース。まあいきなり信じろとは言わねえよ。なんせ異世界っつても地球の文明とほとんど変わらねえからよ。お前が抱いているような幻想的なファンタジーってのは他の異世界に行かねえといけないからな」


「はあ……地球の裏側の次元、ジアースねぇ……」


 あからさまな望の態度にレオンは軽く舌打ちをする。


「ああもう回りくどい真似は止めだこの野郎! 目ん玉ひんむいてよく見てやがれ!」


 レオンは座っていたチェアを倒すほどの勢いで立ち上がると、シャツの袖を捲り水色のクリスタルが嵌め込まれた銀色に輝く腕輪を露わにする。クリスタルは幻想的な煌めきを発しており、まるできれいな水の塊のようにも見えた。腕輪を勢い良く翳すと、クリスタルを中心に腕輪全体から水しぶきの様な粒子が発生して光り、そこから何かが飛び出た。


 それは、えらく角ばった機械的なフレーム。左右にレンズが嵌められたサングラスの様な形状の物体。一体腕輪の何処から出て来たのかと一瞬目を疑うが、確かめる前にレオンはそれを掴むと目元に素早く寄せた。


「潤しき水の流れよ我に力を還元せよ、変身! デュアッ!」


 妙に呪文めいた掛け声と共に装着した瞬間、サングラスの様な物と腕輪から光と水しぶきが放出されて旋回する様に彼を包み込む。目も眩むような光と幻想的な輝きに思わず目を覆う。どうやら放出された水は本物らしく、身体に水が掛かった感触が伝わり冷たい。さらに部屋全体に光が溢れた。


「ッシャア!!」


 やがて光が晴れると、彼の姿は驚くべき変貌を遂げていた。

 肌の色はブルー系統。顔や肌には紋様の様な凹凸が浮き出ており、瞳も普通の人間ではない形に変貌している。肌の一部が硬い鎧のように硬質化した部分も見受けられ、髪の色もより鮮やかなライトブルーになっている。まるで水の精霊然としたその姿に思わず見惚れてしまう。

 人間が普通の人間ではない姿に一瞬で変身してしまう光景を始めて目にしたことで思考は驚きと興奮が支配した。同時にずっと心の奥底で常日頃求めていた非日常の光景が自分の眼のまえで起こったことに対し感動と喜びすら覚えてしまった。


「旋水刃!」


 何かの単語を叫んで彼が左手を突きだすと、何処からともなく水が出現して彼の腕を旋回し始め、水を泳ぐ生き物のように動き回ると掌に集束し、一筋の水の線が出来上がる。レオンの左掌に握られた水は一直線に伸びたまま形を保ち、崩れる気配は無く、終始軽やかな水の動きをしている。さらに耳を澄ますとちゃんと水の流れる音が聞こえるではないか。


 彼が握る水を一言で表すなら、まるで水の剣だ。自分の眼前で起こった超常現象はにわかには信じがたい光景だが、疑う余地は無い。


 間違いない。レオンくんは異世界人だ。それも水を操る異能力者か何かだ。いわゆる亜人という人種に該当するのではないだろうか。全体的なカラーや変身時に水しぶきが出ていたことから水系の種族か何かだろうか。


 レオンはこちらを一瞥すると、華麗に一回転した後に腕を振り上げて気取ったポーズを取り口を開く。


「どうだ? 俺様のカッコイイ変身は?」


「す、凄くカッコ良くて美しいよレオンくん……!」


 反射的に率直な称賛の言葉を述べてしまった。


「おいおい止せよノゾムくん。俺に惚れたら男でも女でも火傷するぜ? まあ俺は来る者は拒まねえがな」


 上唇部分を親指で撫で、レオンはキザな笑みを浮かべる。照れ隠しなのか半分本気かおふざけなのか余裕のある態度だ。


「まあこれは俺本来の姿なだけで他にも変身出来るんだが……てちょっと待てぇい! 俺としたことが危うく本題から逸れるところだったぜ!」


 やはり本来の種族だったらしい。先程の姿は借りの姿、ずばり人間態と言うやつなのだろう。興奮が抑えられずさらに詳しく聞いてみようと思ったのだが、えらく大袈裟で何処かコミカルな動作でこちらに向き直った。本題とは何だろうか。


「お前ここに来る前になにしてたかちゃんと思い出せるか? 詳しい出身も含めて細かく言ってみ?」


「え? ああええと……御門みかどのぞむ16歳。高校二年生」


「歳は俺らと同じか。こーこーせー……ああハイスクールか」


「出身国は日本。そこのフクオカシティに住んでる。家族は父と母、妹の4人家族。あと家族ぐるみで付き合ってるお隣りさん同士の幼馴染みがいるんだ。男子と女子。中学生頃から知り合った家族もいてそこもひっくるめて4家族」


 父、御門みかど御守みかみ。母、御門みかどアリア・ロゴス。妹、御門みかど踏子とうこの名前を心の中で復唱し顔も浮かぶ。問題無い。

 家族くるみで付き合っている願家、夢緒家、三条家の人々も思い浮かべる。

 幼馴染みであるねがいかなえ夢緒ゆめおつかむのこともちゃんと覚えている。


「OK。地球人でちゃんと家族のことも覚えてるな。変わった付き合いだけどまあいいよな」


「特技は身体を動かすこと……ちょっと人より運動神経が凄いんだけど。その特技を生かしてモーションキャプチャーの仕事も手伝ってる」


「へえ、すごいじゃん……それで?」


「え?」


「肝心の、今まで何処で何をしていたかは覚えてるか?」


 その問いかけに対して直ぐに答えることが出来なかった。まるで頭の中に靄が掛かったように何も思い出せないからだ。それでも、思考を巡らせ必死に思い出そうと考え込む。そもそも自分は何故これほどの怪我を負い森に倒れていたのか。そこが引っ掛かる。森の中で何者かに襲われてからか? はたまた怪我を負わされた後に連れていかれたのか。


「待て、無理に思い出そうとするな。返って負担が掛かるぜ。焦らず落ち着いてゆっくりと思い出せ? なら……これに見覚えはあるか? お前の身体に取り付いてたんだが」


 そう言ってレオンは、こちらに何かを放り投げて渡す。手に収まった物体を目で確かめた。形は横に細長めな四角形。ラメ入りのシルバーカラーにアッシュブラックとホワイトパールの装甲。中央に丸い液晶画面と傍らに設置されたボタン。明らかに小型端末機の様な物。


 小型端末機を目にしたその瞬間、頭に電流が走り閃光の如く全てを思い出した。フラッシュバックの如く怒涛の勢いで頭にかつての光景が映像となって激しく流れ込む。思わずベッドから立ち上がるが、痛みと立ちくらみでよろけた。すかさずレオンが身体を抱え込んだので倒れずに済んだ。


「おっと、思い出したみてえだな? でも無茶すんな。傷は殆ど塞いだが肉体に蓄積したダメージと減った体力は本人の生命力じゃないと回復しないんだからよ」


「ああ、うん……ごめん、ありがとう……」


「やっぱこのデバイスみたいなのが鍵だったか。話してみろ。お前に何が遭ったのか」


「ああ……。思い出した。俺は、あの日家族でダディの勤める会社で行われる祝賀会に行く筈だった。でも、突如が別荘に現れて襲われたんだ……!」


?」


「そう、奴等……アバターに……!」


――――……――――……――――……――――……――――……――――……


 VRMMО「ファンタジアギャラクシア」。通称ファンギャラ。

 4D体感型であり、医療リハビリ装置「LINKリンク」に付属する究極のコミュニケーションツールとして開発されたネットゲーム。投稿サイトの様に作品や歌を投稿し、現実でデビューを果たしたり、ファンタジー世界とSF世界という2つの世界観を楽しめる。医療とリハビリの援助を目的とて世界中の人々と繋がる事が可能。この画期的な仮想世界は、瞬く間に広がり、いくつもの貢献を果たした。


 しかし、ファンギャラの開発者である父の御門みかど御守みかみを父に持つ俺、御門みかどのぞむは、ある日父からとんでもないことを告げられた。


 ――ファンギャラは既に自分達の手から離れ自立している。そして高度な自我を持ったアバターが現実世界に実態化して侵略しに来る――


 父からその事実を聞いた時、初めは荒唐無稽過ぎる内容から信じることが出来ず半ば鼻で笑いそうになった。


 この現実世界に実態化を果たした父のアバター「烏丸からすま」の存在と、2人が開発したオーバーテクノロジーのデバイス「インタフェイサー」を手渡されるまでは。

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