4-5
発症に絶望したわけではない。何も起きなくとも近いうちにこうするつもりだった。僕が君と出会う前、僕の彼が亡くなった時から、ずっと。
彼と付き合うことになった直後、海に行ったんだ。
彼の運転する車で、人気のない夕暮れの砂浜に行った。太平洋に沈む夕日を二人寄り添って眺めた。いつかあの海の向こうに行って結婚しよう。僕たちを認めてくれる国に行って、二人でずっと幸せに暮らそう。彼はそう言った。
僕は「どこに行くの?」と聞いた。
彼は「君と一緒ならどこでもいいよ」と答えた。
そう、どこでもいいんだ。例えそれが日本であったとしても、公には認められない関係であったとしても、僕は一向に構わなかった。誰が僕たちを認めてくれなくたって、一緒に居られればそれで良かったんだ。なのに彼はその一番簡単な条件さえ守ることなく、あっさりと地獄に旅立ってしまった。
僕は、彼の後を追う。
天国のフレディではなくて、地獄の彼に会いにいく。
だから僕は僕自身を殺す。自殺した人間は地獄行きだからね。
本当にどこでもいいんだ。どこでも。
地獄だって、僕は構わない。
君はきっと、この結末を気に病むと思う。
君のことを考えなかったわけではない。君は僕にとって最後の心残りだ。もう少し君と出会うのが早ければ、僕の結末は違ったかもしれない。本気でそう思うぐらい、君と話すのは楽しかった。
実は僕は、君と彼以外の同性愛者と話したことがないんだ。地方の同性愛者は出会いが少ないし、そもそも僕には彼がいたからね。出会う必要性も感じていなかった。僕にとって同性愛者の世界は、僕と彼だけで完結していた。
だから君と出会った時は、空想上の生き物を目にしたような気分だったよ。僕と同じ同性愛者で、僕と同じアーティストが好きで、僕と同じように一回り以上年上の男性に惚れている。そんな人間が確かに存在する。大げさではなく、人生で二番目に嬉しかった。一番目は彼と初めて結ばれた時だ。
この結末はただ彼の引力が強すぎただけ。
だから、くれぐれも気に病まないでおくれ。
君が悲しいと僕も悲しい。君が嬉しいと僕も嬉しい。
僕は君のことが好きだからね。
ジュン。君とは色々な話をしたね。
僕は君の少し年上のお兄さんとして、ずっと君の悩みに応えて来た。だけど僕にだって悩みはある。最後は、それに答えて欲しい。
僕たちのような人間は、どうして生まれて来ると思う?
全ての生物が子を成し、種を存続させるために存在するのだとしたら、なぜ僕たちのような嗜好が発現する?
必要がないなら進化の過程で消え去るはずだ。だけど人間だけではなく、ありとあらゆる生物で残っている。僕はその理由が知りたい。なぜ僕たちのような生物が必要なのか、神様の考えを覗きたい。
僕は結局、分からなかった。だから君が考えてくれ。僕と違って君は天国に行くから答えは聞けないだろうけど、素敵な結論が出ることを期待しているよ。
先に頼んでおいた『QUEENⅡ』については、僕の両親に「CDを引き取りに来ました」とでも言えば、それで成立するように仕込んでおくよ。この遺書の一番下に、僕の本名、実家の住所、それと僕の彼の本名と墓がある場所を記す。CDを受け取る目的はくれぐれも僕の両親に言わないように。言ったらきっと渡してくれなくなる。僕の両親は、僕の彼のことが大嫌いだからね。
さよなら、ジュン。
本当に好きだったよ。
君の人生が幸多きものになることを、切に願う。
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