3-3

 翌週頭にテストを控えた火曜、勉強中にファミレスを追い出された。

 要約すると「毎日毎日ドリンクバーと申し訳程度に頼んだパンでダラダラ粘ってんじゃねえぞクソガキ共」という意見に基づいた強制退出であり、僕は至極もっともだと思ったけれど、三浦さんはぷりぷり怒って「もうあのファミレスには行かない」と言っていた。ただし今回の勉強会が始まるまで一回も行ったことはないらしい。機会損失、ゼロ。

「まだ時間あるし、どっか行こうよ」

 三浦さんが僕をデートに誘う。今日は母さんが家にいる日。僕は、誘いに乗った。

 僕たちは、近くにある大きな公園を散歩することにした。適当にふらふらと歩き、やがて噴水のある広場に辿り着く。噴水の傍では五歳ぐらいの男の子と若い男がキャッチボールをしており、噴水に腰かけた若い女が穏やかな視線をその光景に向けていた。男の子は若い男女を「パパ」「ママ」と呼んでいる。

「安藤くんって、子ども好き?」

「さあ。あんまり話す機会がないから分からない」

「苦手そうだよね」

「かもね」

 広場のベンチに並んで腰かける。三浦さんが僕に尋ねた。

「ねえ、ダブルデートどこ行くか、考えてくれた?」

 候補がないわけではない。だけど――

「考えてない」

「えー。もうすぐだよ。考えてよ」

「そうだね。確かにもうすぐテストだ。テストのことを考えないと」

「……あのね、安藤くん。今、普通の恋人なら、デートの話ばかりしてテストそっちのけになっちゃって、喜びながら困るような場面だと思うよ」

「『普通の恋人』って何?」

「え?」

「三浦さんにとって『普通の恋人』の定義は何なのかなと思って」

「なにそれ。中二病っぽい」

 中二病。中学生がやりがちな背伸びして気取った言動を揶揄するスラング。言われているぞ、ミスター・ファーレンハイト。

 三浦さんが「あーあ」と呆れたような声を上げた。そしてこれ見よがしに溜息をつき、僕を見つめる。

「安藤くんって、本当はわたしのこと、好きじゃないんじゃない?」

 強い力で腹を殴られたように、呼吸がほんのわずか止まった。

「どうしてそう思う?」

「だって口悪いんだもん」

「それは、三浦さんを信頼して素を出しているということだよ」

「そうかなあ……」

 露骨に不審な目つき。良くない雰囲気だ。何か、三浦さんのことを気にしているぞというアピール。そういうものを示さなくてはならない。

「そう言えば」身体を少し前に傾ける。「コンクールの絵、どうなった?」

 三浦さんの唇が綻び、嬉しそうな表情に変わった。正解。

「順調だよ。今回は本当にいけると思う」

「上手く行ったらどうなるの?」

「記念品と賞状貰って、夏休みに自治会館で展示」

「へー。絵はやっぱり、実物見ながら描くものなの?」

「色々だよ。実物見たり、写真見たり、完全に想像で描いたり」

「そうなんだ。すごいね。僕は絵画のセンスはさっぱりだから」

 会話が、甲高い男の子の声に遮られた。

「すいませーん!」

 足元にてんてんとゴムボールが転がって来た。父親とキャッチボールをしていた男の子が全速力で駆け寄ってくる。僕はゴムボールを拾い、ぷにぷにした頬が愛らしい男の子にそれを手渡した。

「はい。噴水に落とさないように気をつけなよ」

「ありがとー、お兄ちゃん」

 男の子が走り去る。父親がぺこりと頭を下げる。三浦さんが、首を傾げた。

「もしかして、本当は子ども好き?」

「どうして?」

「超いい笑顔してたから。わたしにちょうだいよ、それ」

「勉強を頑張って、僕に『こんな問題も解けないの?』って思わせないようになれば、きっと自然に出て来るよ。頑張って」

「……本当、口悪いんだから」

 三浦さんが僕をねめつける。僕は笑いながらキャッチボールに興じる家族に目をやる。家族。僕が人生を賭けて自分を偽ってでも手に入れたいもの。

「ところで安藤くん。明日から勉強、どこでやろうか」

 三浦さんが、ふうと溜息をついた。

「あそこ、お客さん少ないから静かで良かったんだけどなー。もうテスト直前だし、人が少ない、落ち着いて勉強できる場所に行きたいよね」

 人の少ない、落ち着いて勉強できる場所。一つの候補が僕の脳裏に浮かんだ。

「僕の家、来る?」

 三浦さんの表情が固まった。僕は続ける。

「母さん仕事だから、誰もいないし」

 三浦さんの目がそわそわと泳ぐ。誰もいない彼氏の家に一人で行く。その意味が分からないほど幼くはないようだ。もちろん僕だって、誰もいない自分の家に彼女を呼ぶという行為が何を意味するかぐらい分かっている。分かっていて、誘っている。

 三浦さんが、こくりと首を縦に振った。

「行く」


    ◆


 三浦さんと別れた後、コンビニでコンドームを買った。

 普段は使わないコンビニに行き、別に欲しくない漫画雑誌と一緒に買った。若い女の店員に差し出してから制服だと気づき、高校生には売れませんと言われたらどうしようかと不安になったけれど、ちゃんと売ってくれた。まあよく考えたら、売らないで妊娠される方が困る。

 コンドームを折りたたみ財布の中に入れ、漫画雑誌を学生鞄の中に入れる。アパートに着き、玄関のドアノブを回す。回る。居る。当たり前なのに、憂鬱になる。

「ただいま」

 囁くように呟き、リビングに入る。キッチンで肉を炒めていた母さんが「おかえり」と僕に声をかけた。

「すぐご飯だからね」

「うん」

 軽くあしらって、自分の部屋に行く。着替える前に机の上のノートパソコンの電源を入れ、ログインパスワードを入力。部屋着になる頃には起動が終わっている。僕は椅子に座ってパソコンと向き合い、インターネットブラウザを立ち上げ、検索バーに言葉を打ち込んだ。

『女 エロ動画 無修正』

 練習しよう。

 明日、三浦さんを家に呼ぶ前に、女でちんぽこを勃たせる練習をする。演技指導をしてくれる監督はいない。だから自主練習に励むしかない。完全に付け焼刃だけれど、やらないよりはマシなはずだ。

 画面がパッと切り替わり、検索結果が表示される。示された結果を目にして、検索ワードに「女」を入れている時点でズレていることに気づいた。「エロ動画」「無修正」。これだけで十分だ。指定するまでもなく、男女のそれが出てくるに決まっている。

 リンクを辿っているうちに、三浦さんによく似た女の子の動画を発見した。パソコンに挿したヘッドホンを装着して、動画を再生する。足を開いてソファに座る女の子の後ろから、男が股間に手を伸ばして、パンツの上にローターを這わせる。モーターの振動音と女の子の喘ぎ声が、ヘッドホンから響く。

 

 あっ、あっ、ああん、あん、ああ、あっ、ああ、あん、あー、あっ、あああ、あっ、あああ、あん、ああー、ああ、ああ、あー、あっ、あっ……


 ――うるさい。

 動画を閉じたくなる衝動を堪える。AVの喘ぎ声は大げさらしいけれど、三浦さんが同じ声を出さないとは限らない。この超音波みたいな不快な鳴き声にも慣れなくては。

 やがてパンツが脱がされ、男の指が女の性器をまさぐり出した。モザイクはなし。何度見ても女性器はグロテスクだ。赤黒くて、ねっとりしていて、いかにも内臓。それでも異性愛者の男は、これを見てちんぽこを勃たせている。僕はズボンとパンツをまとめてずり下げ、ちんぽこをゆっくりとしごき始めた。

 背後の男が下着を脱いだ。屹立した男根が露わになり、呼応するように僕のちんぽこも少し大きくなる。女が腰を上げ、男の上に跨った。そして尻を動かし、棒と穴の位置を合わせ、ゆっくりと腰を落とす。まるでUFOキャッチャーのように。

 男の性器を、女の性器が呑みこんだ。

 肉と肉が音を立ててぶつかる。浅く、深く、浅く、深く。男を喰らう口は唾液を垂らすように愛液を垂らし、色黒の楔をてらてらと濡らす。まるでそこだけが別の生き物のように、脈打ちながら淫靡に輝く。

 女が四つん這いになった。男が女の尻をむんずと掴み、性器を女の中に突き入れる。発情した獣のような交尾。後ろに回ったカメラが、結合部と一緒に男の尻を映す。

 ちんぽこが質量を増した。

 違う。そっちじゃない。そう思いながらも快楽を求める手が止められない。いいや、もう、どっちでも。抜ければ何だって――

「純くーん、ご飯出来たよー」

 しなびた。

 たき火に水をぶっかけたように、一気に萎えた。母親の声ってすごい。僕はパソコンを切り、リビングに向かった。

 夕食は豚肉の生姜焼きだった。テレビを見ながらもそもそと食べる。連休が終わり、しばらく長い休みがない中で、テレビ番組は「ちょっとした休みに恋人と行きたいお洒落なデートスポット」を紹介していた。お前は本当にそればっかりだな。軽く呆れる。

「純くん。一緒に遊園地行った子、どうなったの?」

 味噌汁を飲む。飲みながら返事を考える。つき合っているよ。明日、家に呼んでセックスする予定。――却下。

「だから、ただの友達だって」

 生姜焼きに箸を伸ばす。母さんが「ふーん」とつまらなそうに呟いた。

「彼女出来たら、母さんに教えてね」

 生姜焼きを噛む。噛みながら、揺れたのか頷いたのか分からない程度に首を振る。母さんは「絶対よ」と釘を刺し、自分の味噌汁に手を伸ばした。

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