1-3
僕が三浦さんに協力すると決めた理由は、三つある。
一つは、土曜日暇だったから。もう一つは、単純に興味があったから。そして最後の一つは、自分を偽って生きる三浦さんが本当の姿をさらけ出して伝えた頼みを断れなかったから。関係ないと分かっていても切り捨てるのは、さすがに冷たい。
当日は池袋の東口に集合だった。僕が到着した時、待ち合わせ場所には既にギンガムチェックのワンピースを着た三浦さんがいた。そして三浦さんだけではなく、キュロットスカートを履いた長髪の女性と、Tシャツジーパンの茶髪男性もいた。
僕はまず、女性に挨拶をした。
「初めまして。三浦さんのクラスメイトの安藤純です」
「初めまして。サエちゃんから話は聞いてるよ」
女性が右手を差し出し、僕はその手を取る。どこまで聞いているのだろう。僕はこの女性が三浦さんの腐女子仲間で、イベントに行こうと言い出したのも彼女で、三浦さんは彼女を「姐さん」と呼んでいることしか知らない。任侠か。
「私は佐倉奈緒。大学生。それでこっちが――」
佐倉さんが握手を解き、チラリと横の男性に目をやった。
「同じく大学生の、私の彼氏、近藤隼人。よろしくね、安藤くん」
近藤さんが軽く頭を下げる。茶色い髪。両耳に光る銀色のピアス。どんな人かは分からないけれど、確実なことが一つ。僕のタイプではない。
佐倉さんが僕を指さして、不敵に笑った。
「安藤くんは、受けっぽいかな」
攻めと受け。男役と女役。大当たりだ。僕は「そうですか?」と曖昧に笑った。
四人でイベント会場に出発する。歩いているうちに自然と、僕と三浦さん、佐倉さんと近藤さんのペアに別れる。三浦さんが僕に話しかけてきた。
「今日、来てくれてありがとう。助かった」
「いいよ。どうせ暇だし。ところでさ――」
僕は、前を行く佐倉さんと近藤さんに視線をやった。
「あの人たちには僕のこと、どこまで話してるの?」
「姐さんに話したのは、安藤くんがクラスメイトだってことと、本買ってるの見られたことぐらい。そもそもわたし、安藤くんのこと、ほとんど知らないもん」
僕を「知っている」人なんて、学校には一人もいないよ。僕は話題を変えた。
「大学生なんかとどうやって知り合ったの?」
「インターネットの交流サイト」
「へー。ネットで会う人と実際に会っちゃうなんて、すごいね」
恋人をネットから調達した自分のことを棚に上げ、いけしゃあしゃあと口にする。三浦さんは「別に、よくある話だよ」と首を横に振った。
「ファミレスで主婦とOLと女子高生みたいな奇妙な組み合わせ見たことない? そういうの、腐女子のオフ会だったりするから」
「アクティブなんだね」
「表に出せない分、裏ではっちゃけるの。――あ、着いた。あそこ」
三浦さんが前方を指さした。僕は三浦さんが示した先を見やる。アニメや漫画のポスターがあちこちに貼られたアニメ専門店が視界に入る。
僕は、固まった。
女。
女、女、女。
女、女、女、女、女、女、女、女、女、女、女、女。
「……あれ全部、同じイベント行く人?」
「うん。そう」
「何時間待つの?」
「二時間ぐらいじゃないかなー」
来なければ良かった。心の底からそう思った。近藤さんが僕の方を向き、「ご愁傷様」と言いたげに肩を竦めた。
◆
女子校の全校集会もびっくりな女の園で二時間耐え、辿り着いた先で手にしたお一人様一個の限定グッズは、キャラクターの絵がプリントされたコスメグッズだった。僕は「こんなもののために二時間」と感じる心をどうにか抑えつける。他人の趣味嗜好を否定してはいけない。ただ近藤さんはグッズを手にした瞬間、「これに二時間ねえ」と思い切り口にしていた。
グッズを買った後は、佐倉さんの提案でサンシャイン60内のファミレスで休憩することにした。蓋を開けてみたら、休憩と言う名の戦利品鑑賞会だった。佐倉さんと話している三浦さんは盆と正月とゴールデンウィークと夏休みとクリスマスが同時にやってきた程度には楽しそうで、今のわたしこそが真のわたし、学校のわたしは偽物なのと全身で全方面に訴えかけていた。僕と近藤さんはお代わり自由のドリンクバーをひたすら飲み続けていた。お腹たぷたぷ。
「安藤くん。これからどうしようか」
散々語り倒してから、三浦さんが僕に問いかける。普通に解散でいいんじゃない。言いかけた返事を、佐倉さんが遮った。
「みんなでサンシャイン水族館行こうよ。ダブルデート」
ダブルデート。三浦さんがぱちくりと目をしばたたかせた。
「姐さん。わたしと安藤君は本当にそういう仲じゃなくて……」
「そんなことどうでもいいじゃない。入場料は私が払うから」
気前のいい人だ。二万円近くのグッズを買い漁って来ただけのことはある。
「それは姐さんに悪いですよ」
「いいの、いいの。付き合ってくれたお礼。若い二人を応援させて」
「だから、違いますから!」
佐倉さんと三浦さんが、また楽しげにわいわいとお喋りを始める。僕と近藤さんは安定の蚊帳の外。――ああ、ダブルデートってこういう組み合わせか。タイプじゃないから困るんだけど。
「でもサエちゃんかわいいから、これを機に恋が芽生えることもあるかもよ?」
「ないですよ!」
「じゃあ安藤くんに聞く?」
「止めてください!」
はしゃぐ二人の会話をBGMに、ちらりと近藤さんを覗く。近藤さんは僕を見やり、ぶっきらぼうに忠告した。
「あいつ、ああなったら止まんねえから、覚悟決めなよ」
いい人だ。全然タイプじゃないけど。僕は「はい」と頷く。それから佐倉さんの奢りで水族館に行くことが決定するまで、五分とかからなかった。
◆
水族館遊覧は案の定、三浦さんと佐倉さんが仲良く歩き、僕と近藤さんがその後ろをついて歩くという形になった。僕と近藤さんは「わあ、マンボウだあ。ねえ、近藤さん。マンボウがすごく弱いっていうネットで有名な話、知ってる?」「知ってる。強い朝日に当たると死ぬとか、そういうやつだろ」「あれ、ほとんど嘘なんだって」「へえ。安藤くん、物知りじゃん」「ジュンでいいよ」「じゃあ俺もハヤトでいいよ」「ジュン」「ハヤト」なんて会話を交わしながら肩を並べて仲睦まじく歩いたりは、もちろんしなかった。離れて無言でぶらぶら歩くだけ。実質、デート一組とシングル二人。
三浦さんと佐倉さんは、まるで本物の姉妹のように楽しげに水族館を回っていた。水槽の中を泳ぐラッコに嬌声をあげたり、グレートバリアリーフをイメージした色彩鮮やかな展示にうっとりする姿は、至って普通の女の子だ。腐っても女子なんだな。そんな失礼極まりないことを僕は考える。
だけど屋外エリアに辿り着き、岩場のプールでペンギンたちが遊んでいる光景を目にした瞬間、二人は女子から腐女子になった。
「サエちゃん! あいつだよ、あいつ!」
「やだー! かわいいー!」
三浦さんと佐倉さんが一匹のペンギンの写真を撮りまくる。何でも今日イベントが行われたアニメのキャラクターと同じ名前のペンギンがいるらしい。そしてそのアニメは登場人物に公式イメージアニマルが設定されていて、そのキャラクターのイメージアニマルがペンギンらしい。そんなわけで二人とも、水族館見学からイベントの延長戦にテンションが戻ってしまったというわけだ。
「つうか、っぽい!」
「うん! めっちゃそれっぽい!」
会話はペンギンがそのキャラクターぽいという意味だろう。ずんぐりむっくりした身体を左右に揺らしながらよちよち歩く、至って普通のペンギンだ。僕はアニメを見ていないから、どこが「ぽい」のか分からない。おそらく見ても分からない。
「あ、電話」
佐倉さんが急に真顔になった。撮影に使っていたスマホを耳に当てて、そそくさとその場を離れる。三浦さんは変わらずペンギン撮影会を続けている。僕は、三浦さんの横でさりげなく小さな溜息をついた。
聞かれた。振り返った三浦さんが、僕を軽く睨む。
「ねえ。今、『これだから腐女子は』って思ってない?」
「思ってないよ」
「嘘」
「嘘じゃないよ。僕はよく知らないけど、腐女子がみんな三浦さんみたいな子なわけじゃないんでしょ。だから僕が思うとしたら『これだから腐女子は』じゃなくて、『これだから三浦さんは』だよ」
「……より悪くない?」
かもね。僕は黙った。三浦さんが顎に手を当て、ポツリと呟く。
「まあでも、そういう風に決めつけないのは、すごいかも」
「そうかな」
「うん。普通、決めつけちゃうよ。そっちの方が簡単だもん」
簡単。何気ない一言が、僕の心の琴線に触れた。
「――友達が言ってたんだ」
ミスター・ファーレンハイト、言葉を借りるよ。
「人間は、自分が理解出来るように世界を簡単にしてしまうものなんだって」
「どういうこと?」
「例えば物理の問題で摩擦をゼロにしたり、空気抵抗を無視したりするでしょ。そういう風に世界を自分でも分かるように簡単にしてから、強引に理解して、分かったことにしてしまう。でも本当のことは、誰にも分からない」
世界に法則なんてない。真実は誰にも分からない。自分自身にも、きっと。
「僕は世界を簡単にしたくない。摩擦をゼロにして、空気抵抗を無視して、分かったフリをしたくない。腐女子だから三浦さんはこういう子なんだって決めつけたくないんだ。だから、そういうことを考えないようにしてる」
長々と語ったら、疲れた。口を閉じ、視線を三浦さんからペンギンたちに移す。春光で輝く水面に一匹のペンギンが飛び込んだ。ペンギンは青空を宇宙へと突き抜けるロケットみたいに、すいすいと自由自在に水中を泳ぎ回る。
パシャ。
耳元からシャッター音が聞こえた。振り向くと、スマホを僕に向ける三浦さん。
「なにしてんの」
「いや、何となく、撮りたくなって」
三浦さんがスマホを鞄にしまった。そして僕を下から覗き込むようにしながら、穏やかな笑みを浮かべる。
「ねえ」三浦さんが右の手のひらを上向かせ、ペンギンたちを示した。「ペンギンにも同性愛があるって、知ってた?」
僕は首を縦に振った。その手の情報は、やはりつい集めてしまう。
「ペンギンだけじゃないよ。ありとあらゆる動物、昆虫にすらある」
「昆虫!?」
三浦さんが驚いたように口に手を当てた。僕は続ける。
「そう。昆虫。それぐらいに自然な現象なんだ。とある米国の研究者が行った被験者に異性間と同性間の性的な画像を見せて瞳孔の反応をチェックする実験では、『完全な異性愛者は存在しない』なんて結論も出ている。全ての人間は潜在的に両性愛者。社会的な役割に抑圧されて、明確な性的嗜好を後付けで作らされているに過ぎないって」
三浦さんが「はー」と深い息を吐いた。
「じゃあ同性愛って、普通なんだね」
「そうだよ。日本だって江戸時代ぐらいまで男色は禁忌の対象じゃなかった。武家の作法と男色を融合させた『衆道』なんて文化が出来るぐらいにはね」
「言葉は聞いたことある。武家作法だったんだ」
「うん。それから幕府が風俗を取り締まったりして、下火にはなったけどね。だけど現代になってまた、同性愛者がテレビに出て、ゲイビデオの発言がネットスラングとして親しまれたりしている。一部の自治体では同性カップルにパートナーシップ証明書を発行する制度も誕生した。案外、日本で法的に同性婚が認められる日も近いかもしれない」
「ふーん。なるほど」
三浦さんが頷いた。そしてふと首を傾げ、眉をひそめる。
「なんでそんなに詳しいの?」
――しまった。
「ひあっ!」
突然、三浦さんがウルトラマンのような声を発した。ウルトラウーマン。佐倉さんが笑いながら、三浦さんの首筋に押し当てた二つの缶コーヒーのうち一つを僕に渡す。
「はい。これ、ハヤトから」
缶コーヒーを受け取る。ひんやりと冷たい。僕はお喋りを再開する佐倉さんと三浦さんから離れ、近藤さんのところに行って頭を下げた。
「これ、ありがとうございます」
「いーよ。気にしないで」
近藤さんが自分の缶コーヒーを一口飲む。本当にいい人だ。全然、完膚なきまでにタイプじゃないけど。
「君も疲れたでしょ。あんなイベントに付き合わされて」
ペンギン撮影会を再開する二人を眺めながら、近藤さんが呆れたように呟いた。僕は缶コーヒーを飲み、「はあ」とその場をやり過ごす。
「近藤さんは、佐倉さんとよくああいうイベントに行くんですか」
「まあね。かなり連れまわされてるよ」
「いっそ、楽しんじゃえばいいじゃないですか」
「いや、それは無理でしょ」
近藤さんが開いた手を横に振りながら、笑った。
「ホモとか、気持ち悪いじゃん」
気持ち悪い。
仕方ない。心を止めることは出来ない。身体が止まればいい。近藤さんの口が止まらないのは僕が自分を晒していないから。悪いのは僕であって、近藤さんではない。
「――そうですね」
コーヒーを飲む。やたらと喉が渇いて、ほとんど一息に飲み切ってしまった。近藤さんから離れ、近くにある自動販売機傍のゴミ箱に空き缶を捨てに向かう。
空き缶をゴミ箱に放り投げる。カランと金属の軽い音がした。僕はゴミ箱の前で澄み切った春の空を見上げ、ぼうっと考えを巡らせる。
どうしたって僕は、マイノリティだ。
摩擦をゼロにするように、空気抵抗を無視するように、存在しないことにされてもおかしくない存在。気持ち悪いなんて評価、もう聞き飽きるほど耳にしている。だけど何回殴られたって、痛いものは痛い。
アニメのイベントにホモ好きの女性が二時間の行列を作る。アニメのキャラクターが好きなだけ。自然界に同性愛が存在する。人間界とは関係のない話。偉い学者が同性愛は普通だと結論付ける。誰もそんなことを認めないし知りもしない。江戸時代に男色は普通のことだった。現代は江戸時代ではない。同性愛者がテレビに出ている。キャラクターとして視聴出来るおネエ系ばかり。ゲイビデオの発言がネットスラングとして親しまれる。小学生がうんこちんこで大喜びしているのと一緒。一部の自治体で同性カップルにパートナーシップ証明書。本当にごく一部だけで追随する自治体はろくに出てこない。日本で同性婚が実現する日も近い。ありえない。とある国会議員は「同性婚を認めると少子化に拍車がかかる」と発言した。同性婚の制度がなければ僕たちのような人間も子どもを作るだろうと、勃たないちんぽこをどうにか勃たせて子どもをこさえるのが人間としてあるべき姿だと暗に示した。
男は、女とセックスしたい。
国家、人種、宗教。ありとあらゆる垣根を越えて通用する世界の法則。その法則を頼りに人は世界を理解している。だから「女とセックスしたくない男もいます」という答えには、きっと大きな赤バツがつく。その時、そのバツの横には、いったいどういう理由が記されているのだろう。
特異な例なので無視出来るものと考えます。
それは男として認められません。
「安藤くん?」
呼びかけに、ハッと振り返る。心配そうに眉尻を下げた三浦さんと目が合った。
「そろそろ行くよ。疲れちゃった?」
――そうだね。その通りだ。いつだって僕は、疲れている。
「別に」
ポケットに手を突っ込んで歩き出す。どこかからペリカンの甲高い鳴き声が聞こえる。泣きながら叫んでいるみたいだと、僕は思った。
◆
水族館を出た後は解散。僕と三浦さんは佐倉さんたちと別れ、新宿にから私鉄の各駅停車に乗った。
車内はそれなりに混んでいたけれど、新宿が始発駅なこともあり、座れないほどでは無かった。二人並んでシートに腰かけ、電車に揺られながら帰路に着く。そのうちに三浦さんが僕に話しかけてきた。
「安藤くん。今日は本当にありがとう」
「だからいいって。どうせ暇なんだから」
「それなら、また機会あったらお願いしてもいい?」
即答出来なかった。僕は三浦さんの方を向く。三浦さんが僕を上目使いに伺う。
「今日みたいなこと、そんなにあるの?」
「結構ある。たまにカップル限定品とかもあるんだよ。喧嘩売ってると思わない?」
「……幸せな二人を純粋に応援したいだけかもしれない」
「わたし、幸せな人は幸せなんだから、少し放っておいてもいいと思うの」
一理ある。僻み根性が先に来ている気もするけれど。
「分かった。出来る限り協力するよ」
「ありがとう。安藤くんも協力して欲しいことがあったら言って。何でもするから」
何でもなんて言葉を気軽に使わない方がいいよ。言いかけて、止めた。世界は優しいと信じている子に、変な警戒心を植え付けない方がいい。
「安藤くんは好きなもの、ないの?」
男。二十歳以上年上で、頼り甲斐があって、知的な雰囲気のある人だとなお良し。
「別にないかも」
「えー、何かあるでしょう」
三浦さんが、何か思い出したように「あ」と呟いた。
「この前の音楽とか、何聞いてたの? マクドナルドで話した時」
「QUEEN」
「……何だっけ、それ。聞いたことはある気がする」
「多分、聞けば分かるよ」
ポケットから音楽プレイヤーを取り出す。イヤホンの片方を三浦さんに渡し、もう片方を僕の耳につける。プレイリストから選ぶ曲は『ウィー・ウィル・ロック・ユー』。
音楽が流れる。すぐに三浦さんは「あー」と声を上げた。
「これ、どこで聞いたか分からないけど、絶対に聞いたことある」
「サッカーだと思うよ。QUEENなら、日本で一番有名な曲なんじゃないかな」
「安藤君もこの曲が一番好きなの?」
「ううん。この曲、僕からしたらあまりQUEENらしくないから」
「そうなんだ」
「僕は、QUEENの特徴はストーリー性の強さだと思ってるんだ。転調や歌詞で音が物語を表現して、鮮明な世界観を脳内に広げる。『ウィー・ウィル・ロック・ユー』はシンプルで力強い曲だから、僕的にはちょっと違うんだよね」
「世界観?」
「そう。曲もだけど、アルバム全体にも世界観とストーリーがある。例えば『オペラ座の夜』っていうアルバムには本物のオペラが入っている曲もあって、通しで聞き終えると壮大な歌劇を見たみたいに、すごく気持ちいいんだ」
三浦さんが「ふーん」と僕を見つめる。そして、嬉しそうに口元を綻ばせた。
「好きなもの、あるじゃん」
心を覗かれた感覚。僕は三浦さんからさっと顔を逸らした。電車が駅に到着して、扉越しにホームで電車を待つ人々が見える。
「ところで三浦さん、いいの?」
「なにが?」
「今の僕たち、誰がどう見てもカップルだけど」
扉が開く。三浦さんが慌てたようにイヤホンを外した。僕は音楽を止め、イヤホンをくるくると音楽プレイヤーに巻きつける。
「そんなに焦らなくてもいいのに」
「だってこの辺、普通に同じ学校の子いるから」
三浦さんが注意深く周囲を観察する。誰かに見られていやしないかと警戒する素振り。この前、新宿でマコトさんとデートをした時の僕と同じ。
――そうだ。
「三浦さんってさ」僕は、視線を再び三浦さんに向けた。「クラスの中だと誰がホモっぽいとか、考えたりする?」
三浦さんがきょとんと目を丸くする。正体を隠して生きる身として、第三者目線の意見を聞きたいと思って投げた質問。三浦さんはおずおずと、それに答えてくれた。
「一応、するけど」
「誰が怪しいと思う?」
「高岡くん」
亮平。今度は、僕が目を丸くする番だった。
「どうして?」
「だって男の子の身体ベタベタ触るでしょ。股間揉むし、お弁当あーんとかするし。小野くんといちゃいちゃしてる時とか『お前らもう結婚しろ!』って思うことあるもん」
「小野、彼女いるよ」
「知ってる。そういうの、妄想には関係ないから」
逞しい。彼女がいるから異性愛者とは限らないというのは大正解だけど。
「そう言えば安藤くん、高岡くんとは小中高一緒の幼馴染なんだよね」
「まあね。さすがにクラスまで全部一緒じゃないけど」
「実際どうなの? わたし、高岡くんとは結構話すけど、分からなくて」
僕だって分からないよ。ただ中学の修学旅行の時、「女子風呂を覗き隊」を結成して覗きに挑んで失敗して全校集会で晒されるっていう、今時ラブコメ漫画でもやらないようなことをやらかしていたから、僕は違うと思うよ。
「――もし」
考えた言葉と全く違う台詞が、口から飛び出した。
「亮平が本当にホモだったら、三浦さんはどうする?」
電車がスピードを落とした。次の駅――三浦さんが降りる駅に到着する合図。慣性に傾く身体を抑えながら、僕は三浦さんの大きな瞳をしっかりと見据える。
三浦さんが、口を開いた。
「どうしよう」
電車が止まった。三浦さんが慌てて立ち上がる。そして僕を見下ろしながら、まるで独り言のように呟いた。
「まあ、現実にはホモなんて、そうそういないよね」
――だから、目の前にいるってば。
扉が開き、三浦さんが「じゃあね」と電車を降りた。ポニーテールがふわりと揺れる。僕は音楽プレイヤーのイヤホンを耳に挿し、『QUEEN』指定のシャッフル再生を開始した。神様が慰めてくれているように、僕の一番好きな曲が流れた。
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