第6話「痛いの痛いの飛んでいけ」



「「……」」



感じる…感じてしまう…


“こいつ馬鹿なの?”とでも言いたげな冷ややかな視線が。



「えっと…手、貸そうか?」


「結構です!!っ、痛ぁ~~~!!」


勢いよく立ち上がろうとして、パンプスのかかと部分が傷口に食い込む。よく見るとストッキングも両足共に電線していて、膝からは血が流れていた。


じわりじわりと、その痛みは手の指先、そして頭のてっぺんにまでも伝わっていくようだ。



「馬鹿な奴…」



不意に頭上から落とされた言葉に、我慢していたやつらがもう限界だと叫んだ。



(なんて最悪なスタートなんだ…)



自分が情けなくてぎゅっと唇を噛んだその時、目の前に差し出された青色のタオル。



「これ使って。あと、ちょっとそこのベンチで待ってて」


「え…?」



少し強引に肩に腕を回したかと思えば、そばにあったベンチに座らせてくれた彼。


そうして私が言葉を返す間も与えず、どこかへ行ってしまった。



「な、なんなのあの人…」


人のことを馬鹿にしたかと思えば、初対面にも関わらず親切にしてくれて…



ぼたり、ぼたりと、一度溢れ出してしまった涙は止まり方を知らずにとめどなく落ちてくる。



手に握らされた青色のそれを目元に押し付けた。


「あ…」



(なんて優しい香り…)



紅茶のような甘い香りに、苛立ちも、悲しみも…


ついさっきまで私を支配していた醜い感情、その全てが消えていくのを感じた。



「お待たせ!」



視線を上げると、息を切らしながらこちらに向かってくる彼の姿。


そして私の前で立ち止まると、手に持っているコンビニの袋を漁りだした。



「消毒液と絆創膏ともらってきた!はい、足出して出して~」


「ッ~~!!」



(ここまできたらもうどうにでもなれ!)



恥じらいを捨て、生まれて初めて男性の前でストッキングを脱ぎ、血まみれの素足を足の上に預け、そして手当てをしてもらった。


痛みが麻痺してしまっているからか、消毒液が傷口に沁みることはなかった。



「…ていうかもらってきたんじゃなくて、どう見ても買って来てくれてますよね?」


「ん~?」


手当てに集中しているからか、てきとうな返事の彼。


それがなぜだか“黙ってな”と言われているような気がして、手当てが終わるまで口を開かないことにした。



傷のせいで熱を持った肌には、彼の冷たい手がとても気持ち良く感じた。



「よし、出来た!」


にこっと優しい笑顔でこちらを見る。


その時初めてちゃんと目が合って、彼の顔を知った。


すっと伸びた鼻筋に、二重にもかかわらず切れ長の目…と言っていいのだろうか。優しい笑顔を浮かべる割に、少し冷たい印象を持った、そんな綺麗な目をしていた。



異性としてタイプかと聞かれると、正直『ノー』だ。


けれどこれが世にいう“イケメン”だということは、しくも一瞬で納得した。



「ありがとうございます……あ、そうだお金!」


「いいんだよ、もらって来たんだから」


そう言うと、わしゃわしゃと頭を撫でられる。



あぁ…


私…――




「この手…好きだな…」





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馬鹿の恋 寺東ちなつ @yuxunyan712

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