第5話「だから春は嫌だ」



四月、入学式を午前中に終えたその日…



――同じ高校出身の生徒はゼロ。


その上人見知りの私は話相手の一人と見つけられないまま、時間だけが流れていくのを感じていた。



娘の晴れ舞台だからと式典を見に来てくれていた両親ともはぐれ、


着慣れないスーツは窮屈だし、


履き慣れないパンプスはすぐに靴擦れを起こすしで…この際人の目なんてどうでもいい!


今すぐにでも泣き喚きたい気分だった。



足は痛くて歩き方が変になっているし、両親を見つけるためにキョロキョロと落ち着きのないその姿は、周りから見ればとんだ挙動不審な奴に映っていたに違いない。



「大丈夫?」


その優しい声に、一瞬で救われた心地になる。



「大丈夫です!」



友達第一号…逃がしてたまるか!!


そんな気持ちを内に、精一杯の笑顔で振り返る。



するとそこにいたのはド派手な服にチャラついた雰囲気全開の人たち。

手には“welcome 新入生☆”と書かれた手作り感満載の看板。



(あーーーー!!!これが噂の勧誘ってやつだーーー!!!!)



状況を理解すると同時に、ついさっきまで抱いていた希望は一瞬にして崩れ落ちる。



「友達とはぐれたの?一緒に探すついでにちょっとあそこでお話でもしない?」


さりげなく肩に回された男の人の手に身の毛がよだつ。



「だ、大丈夫ですから!!」


ばっと勢いよくその手を振り払うと、思わず走り出した。



遠くの方で母の私を呼ぶ声が聞こえたような気がした。靴擦れもさっきより痛みが増している気がした。



でも今はそんなこと、どうでもいい。



憧れと理想だけを抱いて入学した大学。一歩踏み入れると、現実はそんなに優しいものではなくて、なんだか複雑になった。



(入学初日でドロップアウト?)



ははは、まさか。さすがにそんな真似はしないから。



「痛っ…」


靴擦れの痛みが誤魔化せなったところでハッとして足を止める。



いつの間にか新入生や勧誘の波から抜け出していて、一人、赤茶色のレンガ造りの建物の前に立っていた。



「これも…校舎?」


高校三年間、オープンキャンパスで何度も訪れていたのに、一度も見つけたことのないこの建物。大学案内のパンフレットにだって載っているのを見たことがない。



「もうすぐ取り壊されるんだよ、こいつ」


「えっ」


突然の声に驚いて振り返る。


派手ではないが、明らかに新入生ではない服装の男性が立っていた。



(逃げないと!)


とは思ったものの、それは一瞬で。


さっきの騒々しい人たちとは違い、静かな雰囲気を持ったその人に思わず見入る。



その取り壊されるという建物を、まるで何か思い入れでもあるのか、どこか寂しそうにただ見つめ続けるその横顔。



不謹慎にも、それを私は綺麗だと思った。




「こんな立派な建物なのにどうして取り壊されるんですか?」


男性から目が離せないまま、そう聞こうとして、やめた。


その人の手には、見覚えのある新入生勧誘の看板を持っていたからだ。



「えっと、失礼します…」



雰囲気良かれど、サークルに所属し、そして勧誘活動をしている時点で、所詮しょせん新入生を獲物としか見ていないような人に違いない。



小さく会釈をしてその場を立ち去ろうとする。



ガッ――


「えっ、うそ!?」


ヒールが地面のくぼみにはまりバランスを崩す。しかも靴擦れの痛みのせいで体勢を立て直すことができず…




――ズテンッ




初対面の人の目の前で見事に転んだのだ。



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