4 - 4 貝塚型

 ざばぁという音と共に、頭上に泥土が降り注ぐ。

 切り刻まれた貝塚型の残骸。


 ヨゼフは私の平坦な胸に、どうにか顔を埋め縮こまっている。

 戦斧をぶるんと振り払い、マリウスは次の標的へと駆けて行く。


 ふっと呼気をつきまた戦斧を振るう。

 貝塚型の残った左腕を、下から切り上げはね飛ばす。


 振り上げた斧の勢いを殺さず、袈裟懸けに胸へと打ち込む。

 貝塚型は足が砕け膝をつく。

 射程に収まった頭部へ拳骨を叩き込むマリウス。

 額の三文字が砕け散り、それはぼそりと崩れ落ちた。


 しかし安堵する暇はなく、新たな巨体が脇から現れる。


 およそ人の形をしたゴーレム。

 戦斧を構える暇はない。

 その胸に肘を突き立て、続いて手の甲であごを砕く。

 突然の損壊に打ち震える貝塚型。

 その隙に斧を引き抜き、柄で額を狙う。

 狙いは逸れて、きれいに残っていた耳をそいだ。


 もう破損にひるむことなくマリウスへ掴みかかる泥人形。

 しかしマリウスの石頭が泥の頭を弾き飛ばした。

 仰向けに倒れたその顔が、ゆっくりヨゼフを睨みつける。

 身を起こし飛び掛ろうとした刹那、頭蓋を叩き割るマリウスの戦斧。


 とたたっ、とたたっ、とたたっ、と奥の闇から不自然な足音が聞こえる。

 四肢を使って走る貝塚型。

 おそらくは人型だったのだろうが、その手足はひどくねじれ、怪物としか言いようがない。


 マリウスは、こんな化け物を相手にかれこれしばらく戦い続けている。

 疲労の色は無い。

 だが、時折憤怒の表情を浮かべ、力任せに貝塚型を粉砕していく。


 ああ、この打ち砕かれるゴーレムたちは、巨人と化したヨゼフと同じ存在なのだ。


 言葉の意味を見失い、正気を取り戻すため狂気へひた走る。

 塔を抜け出し、けれど行く当て無く彷徨う泥人形。

 そんな彼らをマリウスは無慈悲に砕いていく。


 力強く恐ろしい戦士。

 ヨゼフが怯えているのは彼を狙う貝塚型ではなく、マリウスではないのか。

 どしゃっ、と湿った音を響かせ、最後の一体が土くれになった。


「一段落だな」


 少しあがった息を整えるマリウス。

 振り返った瞳は、もう怒りは宿していない。



   …



 私たちは無言で歩き続ける。

 時折貝塚型が襲い掛かってくるが、その都度マリウスが薙ぎ倒す。


 代わり映えの無いトンネル。

 手に持つランプの虚ろな光。

 疲労と睡魔が私の意識を鈍らせる。


 しばらく歩くと天井が崩落し、先へ進めなくなっていた。

 壁面を照らすマリウスが、細く小さな道を見つけた。


「こっちだ」


 降りる時使ったような細い通路。外敵の存在は感じられず、すんなりと前進できた。

 私と歩くヨゼフは、未だに手を離さない。私も強く握り返す。


 今のヨゼフのように、兄にすがって歩いた日々を思い出す。

 あの頃は言葉だの何だのと気にすることはなく、ただ兄との繋がりが世界の全てだった。

 兄さえいれば、世界はそれで充分だった。

 ひどく小さく、満ち足りていた世界。

 それは同時にあまりに脆く、あの大水害で簡単に失われてしまった。


 気が付くと、幾つかの分岐を通り開けた場所へ出ていた。ランプのおぼろげな光に目を凝らすと、立方体の幾分広い空間であることが分かる。

 安全を確かめるべく、先陣を切って進むマリウス。

 同時に、なにやら妙な音が聞こえはじめた。

 腹に響く低い音。何かが押し寄せるような音。


 すると。


 突如、天井の梁が崩れ落ちた。


 マリウスを遮りなだれ落ちる土砂。

 通路を支える木枠が倒れ、めきめきと音を立てる。


「下がれ!」


 マリウスの叫び声。

 続けて何かを叫んでいるが、轟音にかき消され伝わらない。

 泥の奔流――真っ黒な濁流――に責め立てられ、私とヨゼフは元来た道を引き返す。

 決して離さないよう、繋いだその手に力をこめる。


 開けた空間の入り口にたどり着き、その頑丈な木枠がへし折れた時、ようやく崩落は止まった。

 へたりこむ私。

 ヨゼフも膝をつき、私にもたれかかってくる。

 固くこわばった右手が開かない。その手はヨゼフの手を握ったまま。


 左手に握っていたランプはかろうじて無事だった。その金色の明かりに安堵する。

 だが、これからどうするべきか。

 あの空間を掘り進みマリウスと合流することは不可能だ。そもそも彼は無事なのだろうか。


 焦燥に駆られる。私もヨゼフも、ひどく非力だ。

 正面にはもと来た道があり、左手では未知の枝分かれが口を開けている。

 その奥をランプで照らし凝視する。

 この道も、どこかへ通じていればいいのに。


 眉間に皺を寄せたまま考え込む私の肩を、ヨゼフが叩いた。


「どうしたの?」


 振り向くと不安げなヨゼフ。その指がもと来た道――地下鉄へ通じる道――を指し示す。

 もっとよく見て。そう告げるかのように、しきりに指をつき出す。


 目を細める私。


 ああ。

 何かが、見えた気がした。


 閃くおぼろな光。

 ゆらぎ、ゆらめき、こちらに近づいてくる。

 紫色の妖しい光。

 あれは、


「貝塚型……!」


 血の気が引く。

 すぐさまヨゼフと左手の通路へ駆け出す。


 右手でヨゼフを、左手でランプを握りひた走る。時折足をとられるが、どうにか踏みとどまる。

 まだ走れる。

 しかしヨゼフはそうもいかない。

 力を失った彼は、支え無しで走れない。

 残った力を振り絞り、走り続ける無力な二人。


 振り向くと、紫色の光がずいぶんと迫っていた。

 どくろのような顔が浮かび上がる。その下顎は欠け、胴に大きな穴が空いている。

 眼窩と鼻腔と胸の穴。

 いずれも真っ黒な虚無を湛え、金色の光を呑み込んでいく。


 ひっと息を呑んだ時、ヨゼフの腕を掴む右手から重みが消えた。


 見ると、ヨゼフの肘から先だけが、私の手にぶら下がっている。


 ヨゼフは立ち止まり、ちぎれた腕を呆然と眺めていた。

 右手に残ったヨゼフの腕が、さらさらと砂に還っていく。


 取って返しヨゼフの襟首を握る。

 急いで走り出すが、紫色の光はもうすぐそこだ。

 早く逃げなければ。

 ヨゼフを引く手に力を込め、大またに踏み出す。

 しかし、その先には。

 新たな貝塚型が待ち構えていた。


 横様に振りぬかれる巨大な腕。

 指の落ちた手のひらは、まるで棍棒だ。


 こんな状況でも、ヨゼフは私を庇おうと前に進み出てくる。

 しかし今のヨゼフが、あの打撃に耐えられるはずが無い。

 我ながら驚くような力でヨゼフを庇い引き倒す。


 あの夜のヨゼフのように、私はその身を盾にした。

 そして痛みと衝撃が、私を襲った。

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