まほろばの里に寄せて
星野 驟雨
まほろばの里に寄せて
「まほろばの里たかはた」(山形県の南西部、山形県を顔に見立てた際の喉辺り)に住んでいる私は、来年になれば、どうあれ関東圏に出ていかなければいけない人間だ。
私の町は緑豊かで、遊ぶ場所もろくになくて、人はすれ違うたびに挨拶する人がいるし、校舎とか建物はぼろいのが多いけどその分味わい深くて、不便なことだらけだけどそのおかげで趣ある瞬間にも出会える。そんな町。だから大好きだ。
そんな町は「まほろばの里」と謳っている。では「まほろばの里」とは何か。
まほろばとは、「素晴らしい場所」「住みやすい場所」を意味し、美しい日本の国土とそこに住む人々の心をたたえた古語らしい。その意味を知ったときに私の中には「まほろばの里たかはた」の一人としての矜持が生まれた。不便だけど、困ったことはほとんどない。隣の米沢市への買い物だって貴重な家族時間だったりする。
そんな町で私が誇れるものといえば、人で言えば、浜田広介さんや工藤俊作海軍中佐だ。前者は「泣いた赤鬼」などを書かれた方で、後者は敵兵を救った方だ。工藤俊作さんの方は、船は雷の艦長で、このストーリーは『奇跡体験アンビリバボー』にも紹介されたことがある。自身の危険を顧みず敵兵の命を助けたのだ。あまり有名ではないかもしれないが、私がこうしてものを書く始まりの人であり、この人のようになろうと決めた人である。
もし人以外でと言われれば、私は町を誇ろう。月並みな表現かもしれないが、そうとしか言えないのだ。百聞は一見に如かず、一度来てほしい場所である。心が落ち着く場所、最も心に安らぎを与える比率の風景。緑道をサイクリングすれば心地よい草木の香り、時間が合えば電車が走る。田園風景の中に私の母校が一つあり、その辺りの田畑の水面に映る太陽の輝きは稲穂になる。風には季節の色が乗り、ノスタルジックが遠くから手招く。そんな町だ。
一度、私の母校、高畠高校を取り囲む、その周辺を見てまわってほしい。田舎過ぎず、かといって都会でもなく、春は『まほろばの緑道』や高畠駅の桜が退紅を讃えて、夏は水田の煌めきとうだるような暑さが陽炎に昔日を浮かべ、秋は指先が冷えて自然と同化していく感覚と山々に霞がかかり、その向こうから錦が顔をのぞかせる。その赤と黄色は私たちと同じように顔が赤らんでいるように見える。冬は銀世界の中に身体をゆだねれば駅員さんなんかの明るさが一層あたたかく感じられるはずだ。
こんなことを書いている私は他の同級生たちと同じように、都会に憧れていた一面がある。遊ぶ場所も面白い場所もないこの町だから、都会の何でもある空間が羨ましかったんだと思う。だけど、今回のことで見つめ直して、私はこの町の方が良いと思った。
時代が進むと人々は他人と話さなくなり、自然はその姿を消していった。そんな世界で、そんな現代で、唯一ほとんど変わらずに私と生きてきた町がある。不便だからこそ助け合って、本当に大切なものを守り抜く強さを持っている町がある。
それが「まほろばの里たかはた」だ。
古人たちは何を思い、何を感じて生きていたのだろうかと、父や母の世代はどのような空間で生きていたかを知りたいならば、私たちの町に来てほしい。おじいさんやおばあさんが多いけれど、みんな気さくな人だ。
町だけが完成されていれば「まほろばの里」になるのではない。そこに住む人々の心があってこそ、初めて「まほろばの里」になるのだ。そういう点でも、高畠町は「まほろばの里」だと感じる。試しにすれ違う人に挨拶をしてみるとわかるだろう。ほとんどの人がしっかりと挨拶を返してくれる。
そして、この町へと来て、そのすべてを感じようとするなら、決してカメラを使わないでもらいたい。カメラでは捉えられないものがある。その瞳で直接見るからこそ意味のある景色がそこにある。
カメラを通した空の色よりも、その瞳で見た空の方が美しく、山の躍動は刹那に感じられ、カメラでは捉えられない明日の呼び声。その瞳で見るからこそ遠く感じるものもある。私の心を掴んで離さないその風景を一目で良い、見てほしい。
私の町は、「まほろばの里」だ。「自然」だからこそ「まほろば」だ。誰にも知られずひっそりとそこにあるだけの、小さな町だ。しかし、その小さな町には、大人になった誰もが思い浮かべる思い出の匂いが漂っている。
ポケットに
何も無いが、良いところだとは胸を張って言える。現代からすれば物足りないかもしれない。でもそれが私の町なのだ。「まほろばの里たかはた」なのだ。あなたの心にある懐かしい風景を体現しようとする町「たかはた」なのだ。
まほろばの里に寄せて 星野 驟雨 @Tetsu
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