第2話 デルタ航空83便
次の日
俺はスマホのアラームで目覚めた。
「う……うーん…」
アラームはいつも6時に設定している。
朝日が少し見え始めて暗い空が明るくなろうとしてる時、鳥たちがうるさく鳴いている。
カーテンを開け、窓の外を見ると日の出の寸前だった。今にも太陽が出てきそうな空は上を向くほど青くなっているが、次第にオレンジ、赤と色を変えた。その瞬間、飛行機雲が見えた。先端は太陽の光を反射しキラキラ光っている。一瞬ピンク色が見えた。
「ピーチかな?A-320クラスだな。」
と一言言いカーテンを前にし寒くなってきた外の空気を部屋に入れた。
朝飯はいつもベーコンを焼き、目玉焼きを作って目の部分に箸で穴を開け醤油を垂らす。
質素だが贅沢だ。
いつもの出勤服に着替え、カバンを持ち、家を出て鍵をかけ、バス停に向かった。
昼からだが、一応早めに行き準備を早めに済ませて余裕を持ちたいと考え、9時半にバスに乗った。空港までは天神で空港行きのバスに乗り換えるため1時間半弱といったところだろう。直行バスは天神か鳥栖か博多しかない。博多から地下鉄もいいがいつも混んでて乗る気にはならない。だが天神で乗り換えたバスに乗るといつもより多く人が乗っていた。バスは観光バスみたいな前にしかドアがないバスだ。
「今日は多いな……」
そうぼそっと言いながら後ろから4列目の二人席の窓側に座った。
定刻通りバスは10時17分にバスターミナルを出て空港に向かった。
それからしばらくして都市高空港線に入る前の最後のバス停から女性が乗ってきた。
「すみません、隣よろしいですか?」
女性が俺にそう問いかけてきた。
ちょうど隣の席は空いていたのでカバンを置いていた。
「あぁ!すみません、いいですよ。」
すぐにカバンをどけて席を開けた。
そしてそこに女性が座った。
しばらくして都市高速を進みちょうど空港が見えるところで渋滞にはまった。
その時ふと窓の外を見た俺は空港の異様さに気づいた。
着陸体制の飛行機が2機、3機とゴーアラウンド(着陸のやり直し)をしていたからだ。
俺は窓を開けたが風は無風に等しいほどなかった。
グランドはプッシュバックする航空機が急に止まりスポットに戻っていくところが見えた。乗客不足、もしくは乗り遅れがあった時に見られるからビックリすることではないが、それが全てのスポットで起こっていたため驚いた。何かあると感じた。
バスは予定より30分遅れて空港ターミナルに着いた。急いでブリーフィングルームに入ると大館班のほとんどが集まっていた。
「どうした來紀、いつも1時間前にはいるお前が今日は寝坊か?」
と聞いてきた。
「それより大館さん、今日何かあったんですか?」
俺は単刀直入に大館さんに聞いた。
「まぁ座れ」と言われ座った。
「少しいない奴がいるが、説明しとこう。空港で不審物を持った男が4、5人いると報告があった。地上全機は戻って検査、上空全機は上空待機してもらってる。今から受け渡しだが何があってもしっかり対処するように。みんな頑張ってくれ、さぁいこう」
みんなは「よろしくお願いします」といい管制室へ向かった。
「大館さん」
階段を上がる前に來紀が大館を止めた。
「なんだ?」
「あの…訓練生は?」
「お前と同じバスに乗ってたはずだが?」
と言われ先に管制室に向かった。
気づいて無かったが隣に座ってた女性は柳の後ろにいた。
清楚系のロングを後ろで一つにまとめた女性だ。バスに乗ってた時は解いていた髪も今は結ばれている。
「來紀どうしたの?」
「い、いえ……なんでも…」
「この子でしょ?この子は朱里さん、訓練生よ、こっちは來紀、あなたが来る前は一番青い管制官だった子よ。」
笑いながら小悪魔みたいな顔つきで言った。
「さっきはありがとうございます。」
「いえ、自分の不注意なんで…」
という会話が途切れた。
「じゃあ私達はタワー担当だから」
と足早に2人は管制塔に向かった。
來紀は管制塔内のレーダー室に向かった。
レーダー室はコントロールから引き継いできた航空機をアプローチが、コントロールへ引き継がせる航空機をディパーチャーが担当する。他のタワーやグランド、デリバリーや成田国際空港には、日本で唯一、ターミナルビル周辺(ランプエリア)の航空機や車両の動きを専門に管理するランプコントロールがありこれは成田国際空港株式会社が運営しているが、これは管制塔の運用室で管理しており、アプローチやディパーチャーはその下のレーダー室で管理している。
「交代の時間です。」
別の航空交通管制部の班の班長に來紀が言った。
「もうそんな時間か。今、運用停止なのであとはよろしくお願いします。」
「わかりました、お疲れ様でした。」
來紀は別班の班長を見送ってアプローチ席に座り無線機のプラグを差した。
差した瞬間色んな機からの不満の嵐が襲ってきた。
「こりゃあ早く閉鎖を解かないと空の上で暴動が起きそうだな來紀」
來紀の隣から話しかけてきたのは大館から2番目に配属された御室さんだった。
「そうですね…」
どうしようと來紀が困った。
「まぁその時は北九州空港にでもダイバートさせりゃいいから安心しろ」
「はい…」
そのころ管制塔では大館が統括席に座り、柳は朱里の後ろに立ってタワーへ周波数を合わせる新たな機を空中待機させていた。
『JAL773高度4000フィートで空中旋回して待機をお願いします、順番は18番目です』
『ANA355高度3000フィートで空中旋回して待機をお願いします、順番は19番目です』
朱里が順調に進めていると柳が横からアドバイスし始めた。
「朱里さん、JTA173便は燃料少なそうだから北九州空港に誘導した方がいいんじゃない?」
「わかりました」
『JTA173北九州空港へ誘導します、進路を東60度にとって、周波数124.35北九州アプローチに切り替えてください』
的確な判断で大館も柳も感心していた。
その瞬間統括席に電話が入った。
「はい、こちら福岡タワー。」
大館は最初普通に聞いていたが段々顔色が悪くなった。そして電話を切った。
そのままレーダー室と連絡を取った。
「來紀、御室、聞こえるか?」
「はい、聞こえます。」
「よーく聞いてくれ、不審物や不審人物はもう出国してしまったらしい、デルタ航空83便だ。今こっちに戻ってきてるからそれを着陸させて運用を再開するという手筈になった。それを全機に伝え、來紀!お前がデルタ航空のアプローチに入れ、以上だ。」
「わかりました」
來紀がそう答えると大館は電話を切った。
來紀はレーダーを広げデルタ航空の位置を確認した。
デルタ航空は大分沖にまで航行しており引き返す様に旋回してるところが見えた。
「それにしても朱里って子はすごいな。」
御室は感心しきっていた。
『CAL65次の空中待機場所で高度3000フィートを維持してください。』
半ば御室の言葉を無視してチャイナエアライン65便に指示を出した。
「はぁ…最近の若手はこうも構ってくれないものかねぇ…」
その時デルタ航空から救難信号を受信した。
デルタ航空はちょうど福岡アプローチに入ったところだった。
『DEL83こちら福岡アプローチ、乱気流などございませんか?』
來紀はあらゆる可能性を考え、一般的な質問をした。
しばらく待ったが返信はなかった。
すぐさま來紀は大館に報告した。
「大館さん、デルタ航空83便との交信が途絶えました。」
大館はまずハイジャックを考えた。
「わかった、來紀、ILSに誘導してみろ。最初の交信で進路を変えなければ自衛隊に協力要請する。」
「わかりました。」
來紀はそう返してすぐさま交信した。
『DEL83 予定の進路を変更して福岡空港の滑走路16に誘導します。進路を右に20度。』
返事はなかったがゆっくり右に20度進路を変えた。
『DEL83 高度2000フィートまで降下してください。』
『DEL83 方位160にしてください。』
次々に來紀は指示していき、返信はなかったが全て聞き入れた。
『DEL83 このまま福岡タワー118.35へ周波数を切り替えてください。グッドラック。』
このままタワーへと交信を渡した。
そのすぐ後管制塔に電話した。
「大館さん、デルタ航空担当の人と電話を変わってください。」
そう言うとガサガサと音が聞こえたあと女性の声がした。
「はい。」
朱里の声だった。
「あ、あの…デルタ航空は何も言いませんが忠実に言った通りに行動しますのであとはよろしくおねがいします。」
そういうと來紀は一方的に電話を切った。
朱里は何となくだが理解した。
朱里は戻り交信をした。
『DEL83 こちら福岡タワー、滑走路16への侵入を許可します。風は南南西から8ノット。滑走路には先行機いません。あなたの順番は1番です。』
着陸許可を出したが返答はなかった。
しかしそのまま降りてくる。
そのうち車輪が出てきてそのまま侵入してくる。
すると朱里が大声で交信した。
『DEL83 チェックギアダウン!車輪が出ていません!ゴーアラウンド!ゴーアラウンド!』
飛行機は何かに乗り上げた船のように頭を跳ね上げ空へと登った。
途中管制塔の前を通ったデルタ航空83便は後輪の左側が出ていなかった。
しばらく上空を飛んでいるデルタ航空だったが交信を始めてきた。
『こちらデルタ航空83便。英語で話します。現在、当機は中東系イラン人数名によりハイジャックされていましたが、当機が着陸出来ないことを知ると当機内では投降し拘束中です。』
レーダー室の人間全員が安堵した。
しかしデルタ航空はハイジャックの危機はさったとはいえ、まだ車輪が出ないという問題を抱えながら飛行中であった。
『デルタ航空83便、了解した。現在の残燃料はいかがでしょうか?』
御室がデルタ航空と会話している中、來紀は大館と電話で話をしていた。
「おそらく悪あがきからのハイジャック犯でしょう、飛行機が着陸できないということを知ると投降したということです。」
來紀はパイロットからの報告を大館に伝えた。
「わかった、こちらでも車輪が出ていないことを確認した。まぁ最初に気づいたのは朱里だったがな。」
と大館が言った。
あの子がね…という思いを抱きながら話していた 。
「まぁローパスをしなくても車輪の異常は分かってるし、出なきゃ胴体着陸だろうな。」
來紀が思索しながら電話を聞いていると横で御室が慌ただしく交信していた。
「御室さんどうかされましたか?」
「デルタ航空83便の残燃料異常な減りを見せているそうだ。おそらくオイルリークだな。」
交信を終えた御室は來紀に言った。
「大館さん聞こえましたか?」
來紀が大館に問いかけた。
「あぁ聞こえた。どうやら胴体着陸も不可能そうだな。」
レーダー室と管制室は沈黙に入った。
その沈黙を破ったのは朱里だった。
「御室さん、急降下法はどうでしょう。」
朱里がそう提案すると周りがざわついた。
「急降下法だと!?それは戦闘機の対処法だぞ!?」
同じ班の本島がそう朱里を怒鳴りつけた。
「朱里さん、急降下法は車輪出すのには効果的だと思うけど、急降下後の水平移動時のGは相当なものよ?」
柳が後から本島を援護する形で言った。
「まぁ二人共まて。今の段階じゃ急降下法しか方法はない。幸い、デルタ航空83便は737型機で急降下法は確実に成功するだろう。判断は機長に任せるしかないだろうな。」
手を組み顎を支えていた大館がドンと椅子の背もたれに倒れた。
「聞こえたか來紀?」
大館がレーダー室の來紀に聞いた。
「聞こえてますよ。御室さん。」
大館の言葉に返事した來紀が御室とアイコンタクトを交わした。
『デルタ航空83便、こちら福岡アプローチ、急降下法をこちらは勧めます。判断はそちらに任せますが、出来ますか?』
御室が流暢な英語で聞いた。
『こちらデルタ航空83便、少し時間がほしい。』
『こちら福岡アプローチ、了解した。早急に返答してくれ。』
そう交信して終わった。
「まさか不審者報告からハイジャックになりそれが車輪とオイルリークトラブルになるなんて…」
來紀が呟いた。
「整備士は整備不足に気づけずに送り出して、俺達は危ないのに離陸許可して飛ばした、まぁそれを知ってたわけじゃねぇがな。」
御室もそう呟いた。
『福岡アプローチ、こちらデルタ航空83便。』
『デルタ航空83便、こちら福岡アプローチどうぞ。』
デルタ航空からの無線を御室がすぐに受け答えた。
『燃料もわずかしかないため急降下法をやってみます。操縦は元空軍パイロットの副機長にやらせます。念のため侵入は滑走路16から行います。』
『デルタ航空83便、できるのであればその方法を許可します。』
デルタ航空からの無線を御室が答えた瞬間デルタ航空が徐々に上昇していった。
『デルタ航空83便、了解した。』
地上6000mから急降下し滑走路から100mの地点で地上500mまで下がる。
これに要する時間はわずか40秒。
乗客にかかるGは4~5に及ぶ。
『これより降下する。』
緊張の一瞬だ。
『ウォールアップ、ウォール…』
急激な降下のため、センサは墜落すると思っているらしい。
ウォールアップとは水平飛行中に急激な降下の際にパイロットに危険であるから[機首を上げろ]という警告だ。
水平にしようと機首をあげた時後ろの方からガシャンという音がした。
その姿は管制塔からも見えた。
「あっ!大館さん!」
朱里が声を上げた。
「どうした?問題か?」
「いえ、車輪が降りました!」
その瞬間、その場全員が安堵の表情をした。
「車輪が降りれば重力で固定されるからもう大丈夫だ…」
「まだ安心するには早いぞ!」
男性管制官が言ったがその言葉を大館が遮った。
「まだオイルリークの問題がある。長時間燃料タンクの下にあった車輪だ、オイルが付着していたら着陸時の摩擦で発火して火災になりかねない。滑走路の中間から滑走路34にかけて消防隊の待機!それから今トーイング中の航空機と搭乗中の乗客の退避を先決させろ!」
大館が指示した。
「はいっ!」と指示した管制官たちは慌てて作業に取り掛かった。
「來紀!」
大館がそういうと、來紀は待ってましたと言わんばかりに「了解!」と言った。
「やっと一人前の顔になってきたな。」
そう大館が呟いた。
『デルタ航空83便、今すぐ福岡タワー118.35と交信してください。成功を祈ります。Good luck.』
來紀がそう言って送った。
『こちらデルタ航空83便、着陸許可を。』
タワーでは朱里が待っていた。
『DEL83、こちら福岡タワー。滑走路16への着陸を許可します。風は南南東から3ノット。出火の危険がありますので、そちらから滑走路左手奥に消防車を待機させていますのでいつも通りに着陸してください。Good luck.』
『こちらDEL83、了解、協力を感謝する。』
交信が終わったあとも航空機は滑走路へ吸い込まれるように着陸していった。
そして滑走路に後輪が接地した。
航空機は前輪も接地すると逆噴射して滑走路上で停止した。
「おぉ!」
管制塔にいた全員がその瞬間歓喜をあげた。
『福岡タワーからDEL83へ。こちらから出火は確認できません。お疲れ様でした。間もなくトーイング車が来ますのでお待ちください。』
『DEL83から福岡タワーへ。本当にありがとう。』
「ふぅ…」
そう言われて朱里が深めのため息をついた。
「まぁ立て
その言葉に全員がはい!と答えて運用を始めた。
次の班に代わった大館班はブリーフィングルームにいた。
「今回は問題解決とその後の混乱を少しでも収められただけいい仕事をした。今日はゆっくり休んでくれ。明日も同じように頑張ってくれ。以上だ。」
大館がそう言い切り上げると全員が立ち上がりロッカールームに歩いていった。
「朱里!來紀!ちょっと来てくれ!」
大館が2人を呼び止めた。
「はい、何でしょう?」
來紀が聞いた。
「今日の働きは素晴らしかった。朱里はもうレーティング取得に時間をかけなくてもいいだろう。來紀はこの調子で頑張れよ?」
そう激励された。
「はい!」
來紀はそう返し、一礼してからロッカールームに向かった。
外は若干明るい。
しかし街灯はそれを隠し照らす。
大空の希望 來紀 @akari1225
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